「ライブドア事件」のような「虚飾の膨張」を反省し、企業倫理に反した資本市場での行動を規制すべしとの議論が活発である。たとえば、自民党の「金融調査会・企業会計に関する小委員会」は今回の事件を踏まえた再発防止策の検討課題として、①株式分割・交換のルール、②投資事業組合、③会計監査、④四半期開示制度、⑤コーポレイト・ガバナンス(企業統治)のあり方、⑦罰則・課徴金、⑧市場監視体制の強化、⑨取引所の改革と実に九項目を挙げている。
この中では、罰則の強化や投資事業組合の規制の動きが先行しており、取引所を初めとする市場関係者に反省を求めるものが主体となっている。もちろん、これらの改善は必要であり、とりわけ今回の事件の核心をなす資本市場を利用した粉飾構図の解明とそれへの対応は急がれる。
しかしながら、市場の環境整備にもおのずから限界があり、市場の自由を確保しながら犯罪行為を行いにくくするには、直接の当事者である上場企業のガバナンス強化と投資家(株主)の意識改革が不可欠である。ところが、事件後の対応を見ると、ライブドアにおいては本来あるべき会社のコーポレイト・ガバナンスが機能していなかった点や投資家の不思慮・行き過ぎに言及した論議はほとんど見当たらない。
私としては、「ライブドア事件」の教訓として今後の再発防止には次の三点が極めて重要であると痛感している。これは、新興ベンチャー企業4社(うち2社は上場済み、2社は上場準備中)の社外取締役と社外監査役を務めている私のかねてからの主張でもある。
1、再発防止策
第一点は、ライブドアのような新興企業にこそ、「社外取締役」の存在が必要不可欠であるという点である。トップが企業経営の経験に乏しい新興企業にこそ、経験豊かで世間の常識を身につけた社外取締役の知恵を活用すると同時に、第三者の冷静な目で経営の行き過ぎをチェックしてもらう存在が必要である。
ライブドアにも第三者として客観的に判断のできる社外取締役が一人でも存在すれば、幹部の暴走にかなりのブレーキを掛けることが可能であったであろう。現にライブドアの新経営陣は二名の社外取締役を選任するとしているが、遅きに失した感を否めない。新興企業の場合には、大企業向けの委員会設置といった方向ではなく、たとえば、新興三市場の上場基準として「上場後10年間は会社との利害関係が無く、取引所が適格と認めた社外取締役二名以上の選任を義務付ける」といった規制措置を取引所が速やかにとることがベストの対応である。
取引所が自らこのような上場規制を掛けるべきであるが、取引所が動かないのであれば、当日本個人投資家協会も経団連やマスコミにも働きかけて世論を喚起すべきと考えている。投資家としても、社外取締役を置かない新興企業には投資をしないといった投資規範を持つことが肝要である。
二点目は監査役の責任追及である。ようやく、会計監査人の責任については、コンサル業務を実質同一の監査法人が手掛けて、粉飾の手引きをしていた疑いすら持たれるに至っているが、会計監査法人がこのような体たらくでは、監査役にガバナンス監視の役目を期待するしかない。
ところが、監査役の責任に言及した論説は一つとして見当たらないのが不思議である。監査役自身も、自ら「閑散役」などと自虐的な言辞を弄していないで、経営陣の行動に不審があれば、せめて辞任するくらいの気概は持ってもらいたいものである。
監査役が総辞任すれば、臨時株主総会を開催する要があり、会社経営の実態に株主の注目を促すことになる。取引所がとるべき対応は、社外取締役同様、新興企業には「社外監査役」の選任を義務付けることであり、投資家としては、社外監査役を置かない銘柄の財務内容には格別の警戒が必要である。
三点目のポイントは、ベンチャーキャピタル(VC)の存在である。最近の新規上場企業の八割強には、複数のVCが投資を行なっている。VCは自らの資金をも投入して営業支援や経営管理体制の強化に努め新興企業の育成を図り、ガバナンスの確立にも寄与している。ライブドアにも光通信の子会社である「光通信パートナーズLP」一社が1%だけ出資を行なっているが、VCとしての役割はほとんど果たしていなかった模様である。新興企業への投資に当たっては、しっかりしたVCが投資を行なっているかどうかも投資判断の基準として活用できる。
一方、上場準備段階では会社のガバナンス強化をうるさく指導する幹事証券会社は、一旦上場に成功すれば後は知らぬ存ぜぬとばかり、上場準備段階で整備されたチェック機能を全部外しても、警告を発しないのが通例である。常識的には、上場基準をクリアするために作ったガバナンスの仕組みが有効に機能していることを上場後10年くらいは保証する担保責任が幹事証券にはあるべきと考えられるので、この方向での取引所ルールの設定が望まれる。
ライブドア株の売買でことさらに虚飾企業の人気を煽ったのは、一時はライブドア株一銘柄がマザーズ市場の総売買高の90%を占めるに至ったという個人投機家の異常な動きであった。粉飾の実態などはまったく分からなかったという点はやむを得ないところであるが、上述のコーポレイト・ガバナンスの存否を確かめるとともに、経営者の資質や経営理念、PERなどの財務指標について多少とも研究して冷静に判断すれば、これほどまでに一極集中することはなかったであろう。
宴の後には、投資銘柄の内容などには目もくれず、ひたすら値動きのみを追っかけ、短期的な投機利益を追求した投機家に市場が振り回された恨みだけが残った。彼らの跋扈を許す結果となった取引所の対応が後手後手に廻った点にも問題はあったが、投資家には短期的な投機利益を追求しても最終的には失うものの方が大きいという現実が教訓として残ったといえよう。
もっとも、ライブドア株の時価総額は五年前の上場時が572億円、整理ポスト入りした後でも690億円であるから、ピーク時8,200億円の1/10以下に下がったとはいえ、所詮は「行って来い」の相場展開に終わったということであろうか。賢い投資家になるには、このような投機銘柄には手を出さないという鉄則を守るしかない。
2、粉飾決算と投資事業組合の問題
本年1月23日に堀江社長以下の幹部が逮捕されたライブドア事件の容疑は、同社が2004年10月に出版業のマネーライフ社を買収した際に「投資事業組合」を通じてすでに買収済みの出版会社を株式交換により完全子会社すると虚偽の発表をし、これと11月に公表した株式100分割とを組み合わせて株価をつり上げ、新株売却で不当な利益を得たことにあった。
これが「偽計取引、風説の流布」に当たるとされたのである。これだけの容疑で有罪に持ち込むのは無理と見たのか、2月22日には04年9月期の決算は実質的には赤字であったに拘わらず、実質子会社の保有するライブドア株売却益を親会社に付け替えて50億円の黒字を装ったという「粉飾決算」の疑いで再逮捕された。
事件の全容はあまりにも複雑でよく分からないが、報道されている内容はすべて検察側からのリーク情報であって、これがどの程度真実であるのかは誰も検証できない。現在、分かっていることといえば彼らが「逮捕された」という事実だけで、報道されているような犯罪事実があったのかどうかという肝心の点は、ライブドア側には反論の機会がまったく与えられていないので、判断のしようもない。
検察からのリーク情報だけに依存して、虚構であるかも知れない一方的な解釈が我々マスコミ読者の頭の中で重大な犯罪として既成事実化するのは甚だ危険であるが、以下に「粉飾決算」と「投資事業組合」に絞ってこの事件の問題点を考えてみたい。
ライブドアの粉飾決算は、二つの点でこれまで頻繁に行なわれてきた粉飾と性格が異なっている。一つは、通常、粉飾決算は債務超過や経営破綻などを回避するために、やむにやまれず行なわれたもので、その手法は実際には売れていない商品を売れたことにする架空売上の計上や経費の翌期への繰り延べといった経常取引での虚偽が主体である。ところが、ライブドアは無借金経営で、現預金も十分にあった。
したがって、粉飾の目的は好業績を装って株価を一段とつり上げるためであり、その手法として「自社株の売却益」を「投資事業組合を介して株式交換で買収した子会社」経由の迂回で利益に計上したものである。
このように、この事件は自社株式の移転や売買を中心とする資本主義の中核である「資本」を巡る犯罪としての粉飾が疑われているもので、これまでの損失隠蔽とはまったく異質である。1999年の商法改正で認められるようになった株式交換による企業買収の盛行などで資本の規律が弛緩してしまった資本市場の問題として捉えないと事件の本質を見誤ることとなる。
「金がなくても買収はできる、しないのは度胸がないだけだ」と言い放っていたホリエモンをベンチャー企業の旗手とみるか、会社制度や資本市場の乱用者とみるか、乱用であれば今後どう対処すべきかといった問題意識でこの事件を考察すること大切である。
親会社が赤字でも子会社で利益が出ていたり過去の蓄積があったりする場合には、あらゆる手段を講じて子会社にある現預金を親会社に移して利益として計上する手法は、極めて一般的である。親会社からの出資に対する配当金として支払わせるケースが多いが、ライブドアのように「コンサルタント・フィー(経営指導料)」として支払わせるケースや買収した子会社を吸収合併してしまうケースもある。
「正当な利益移転」と「粉飾」の境目をどこにおくのかは、企業会計原則解釈上の問題であるものの、このような資本取引についての明確な線引きはこれからの課題であろう。投資家としては、企業買収の大小にかかわらず、どのような方式での買収が行なわれたかを注視するしかない。
もう一つの点は、このために海外を含む「投資事業組合」を幾重にも絡ませる手法を駆使したことである。この投資事業組合は民法上の匿名組合で設立に当たっての規制はまったく存在しない。組合の所有者名を明らかにする必要もないので、実質的にはライブドアが所有していても、表面上の所有者は同社とは直接には関係のない個人や海外の名義貸し会社などの名義となっている。
もっとも、この仕組みは基本的には倒産した山一證券が不良債務の飛ばし処理に使ったものと同一で、バブル期の債務整理に際しても多くの大企業が多用した方法であって、目新しいものではない。
金融庁は今国会に提出する「金融商品取引法」で、投資組合についても登録や届出、会計の開示などを課すことを検討しているが、肝心の所有者の開示義務は盛り込まれない見込みであって、再び投資組合が粉飾に活用される懸念は残っている。この点は、取引所の上場規則で、上場会社が実質支配する投資組合については、すべての所有者名を含め全面開示する義務を上場会社に課し、連結決算の対象にも加えるべきと考える。このような開示義務についての規制がないことには、投資家としては安心して投資できない。
このような制度の整備や規制の強化はもちろん必要ではあるが、市場経済を活性化させるには、上場会社の自覚と、それにも増して市場を正しく導く責務を負っている市場関係者の責任感・倫理觀を高めることが肝要である。
なかでも、会計監査人の責任追及が重要である。この事件では、コンサル業務を実質同一の監査法人が手掛けて、粉飾の手口を教えていた疑いが持たれているのは論外である。コンサル業務の完全分離や交代ルールを強化するだけではなく、粉飾を見過ごしたことを含め関与した会計監査人の免許は即刻取消し、監査法人には解散を命ずるべきではなかろうか。エンロン社の粉飾に関与して崩壊に至ったアーサー・アンダーセン同様の処罰がわが国でも必要とされる時代になっている。
もう一つは上場幹事証券会社の責任追及である。ライブドアが上場時の主幹事は大和SMBCであった。ところが、目論見書の資金使途に記載のない金融事業を始めたことから関係が悪化、野村證券に代わったが、野村とも意見の相違から関係が切れ、日興コーディアルに乗り換えている。同社の木村会長がライブドアを日本経団連に推薦したと言われている。
幹事証券をファイナンスの度に変えるのは自由であるが、そのような重大事実と理由が一般の投資家に公表されないのは問題である。会社四季報を見れば分るとは言え、四年間に二度も幹事証券を変更したこのような異常さが都度公表され報道されていたならば、投資家の対応も異なっていたのではなかろうか。
(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)
(2006年4月10日発行日本個人投資家協会会報「きらめき」4月号ならびに2006年5月5日発行、日本個人投資家協会発行会報「きらめき」5月号所収)