昨年6月に閣議決定された新成長戦略は、わが国の株式市場に大きなインパクトを与えた。この新成長戦略では、「上場企業のガバナンス強化によるROEの向上」が「いの一番」に掲げられたからである。
この提言では「日本企業の稼ぐ力、すなわち中長期的な収益性・生産性を高め、その果実を広く国民に均霑させれるには何が重要か。まずは、コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変革し、グローバル水準のROEの達成等を一つの目安に、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していくことが重要である」と明言している。これは極めて明快に日本企業ROE水準をグローバル水準に引き上げることを達成目標として掲げたものである。
この成長戦略には異論も多いが、ROEのあるべき姿とその活用策について2回に分けて考察を試みたい。
日本企業のROEは米国の1/2以下、中国よりも低い
ROE(Return on Equity、自己資本利益率)とは、企業が株主から預かった自己資本を使って一年間にどれくらいの純利益を上げているかを測る指標である。純利益を自己資本で割って算出し、自己資本が年間何%で廻ったかという資本の効率性を判断する指標である。ROEの水準を高めるには、純利益の水準を上げるか、自社株買いなどで自己資本を圧縮するかのいずれかの手段を講ずるしかない。
上場企業の平均ROEは指標の採用銘柄によって異なるので、新興国を含めたROE水準の広範な国際比較は難しい。日本企業のROEについてはTOPIX採用銘柄(東証一部上場の1,854銘柄ROEの単純平均)が使われることが多く、通常このTOPIXと米国S&P500などとの対比が示されている(図1)。このTOPIXベースで、2012年までの10年間の平均ROEは5.5%となっている。
TOPIXに代えて日経平均(225銘柄)を使えば、日本企業のROEは約8%、JPX日経400では11.2%(いずれも2014年12月)と採用銘柄や時期によって平均ROEの水準は変動する。TOPIXの単純平均は採用銘柄数が多過ぎて他国との比較には適さない面もあるが、どの指標を採用しても日本企業のROEは、米英はもとより中国や新興国の水準よりも低い。
国際比較をほぼ同じ銘柄選択基準で行うには、モルガン・スタンレーのMSCIワールド指数が最適である(図1最下段および注記)。このMSCIワールド指数の採用銘柄は時価総額の大きい大企業に偏っている嫌いがあるものの、日本企業のROEはこれまでは世界平均のほぼ1/2で推移、2014年12月では日本8.0%に対し米国14.6%となっている。
日本企業ROEの低位集中は事業収益力の低さが主因
ROEは次のような比率の乗数に分解できる。
昨年4月に発表された「伊藤レポート・中間整理」の分析では、ROEをこの三つの構成要素に分けて、売上高利益率、資本回転率、レバレッジを日米欧で比較すると、回転率 やレバレッジには大きな差はなく、低ROEは売上高利益率の低さによるところが大きい結果と分析されている(図2)。
日本企業の中でも高ROEを達成している企業は売上高利益率も高い。また、業種別に日米欧で比較しても、いずれのセクターも日本はROE、売上高利益率ともに低く、日本企業の低ROEは基幹産業に占める製造業や資本財産業の割合が高い故とは言えない。
この分析が示すように、米欧に比べて日本企業の売上高利益率は1/2以下であるので、ROE向上には売上高利益率を引上げるしかないということは明白である。
低ROE企業のROE引上げが資本の効率性を高め、株価を牽引する
このROE分布は、ROE指標の平均値を議論してもあまり意味がなく、低ROEの企業数を減らして、ROE;10%超の高ROE企業を増やす方策が効果的と示唆している。
一方、株価の評価尺度であるPBR(株価純資産倍率)の平均は日本株が約1.5倍、米国株が約4.6倍と米国株の方が高く、米国株に割高感が見られる。PBRの分布もPBR;1倍以下のTOPIX銘柄数が49%(2014年7月時点)とROEの分布と軌を一にしている。PERが不変とすれば、ROEが2倍になれば、PBRも2倍となり、株価も2倍となる理屈であるから、ROE向上へ向けての企業経営を行なう企業数が増えることが平均株価上昇に繋がる。
なぜ日本企業のROEが低いのか
これまでは、わが国では「自己資本比率が高く、借金が少ない企業が優良企業である」という考え方が、世間一般に広く浸透しており、経営の評価尺度としては「自己資本比率」や「経常利益」が重要視されてきた。半面、資本が過剰になり資本効率が低下することのマイナス面が意識されることはほとんどなかったと言えよう。
この低ROEへの無関心は日本企業の文化とも言え、変えるのは容易ではない。なぜなら、日本の企業経営者の眼中にある株主の存在はまことに希薄であって、企業は従業員や顧客のために存在しているとの認識が主流であったからである。この意識を株主利益重視に変えるには、その方向に変革を促す強い動機と、経営者の強固な意志が必要である。単にROEが低いから上げるべきという議論だけでは、構造改革はできない。
このように低いROEを是とする日本の企業文化を欧米流に変えるべきとの主張は1990年代から見られ、1994年8月には「ROE革命~新時代の企業財務戦略(渡邊茂著、東洋経済新報社刊)」といった本も出版されているが、経営者の意識は一向に変わらず、2000年代後半にはROEはむしろ低下している。
今回は米欧に追いつくROE革命が起こるか
アベノミクスによる政府主導のコーポレイト・ガバナンス強化や外国人投資家からの圧力でもって、この低ROE体質を変えることができるのか。今回の動きは見ものである。もし体質改善に成功してROEが経営評価の尺度となると、株式市場の風景は一変する。
昨年初に出されたBank of America Merrill Lynch社のレポートは、2012年まで10年間平均5.5%で推移してきたTOPIXベースのROEが2014年以降には企業収益の成長率7%を前提として9%台には上昇するものと予測している(図4)。しかしながら、米欧並みのROE;14~15%を実現するには、TOPIXリターン革命が起こって、企業収益が年率15%のペースで成長しなければならないとしている。
日本経済の潜在成長率が1%台で推移する中で、内需関連銘柄が多いTOPIX構成1,854銘柄の純利益が年率15%のペースで増えるとは到底考えられないが、一縷の望みはあろう。
東証1部上場企業の31%を占める580社のROEは10%を超え、69%を占める1,280社のROEは5%を超えている。問題は5%未満の574社(31%)であり、このグループに属する企業がROE;5%以上に転ずれば、TOPIX構成銘柄平均でROE;10%を超えるのはさして難しくはない。この中から、資本金5百億円以上でROEが5%に達しない大企業45社をリストアップした(図5)。
これらの大企業はキャッシュをしこたま抱えているのにもかかわらず設備投資やM&Aに資金を投ぜず、株主還元も十分に行わなかった結果、手厚い自己資本が稼ぐ力を発揮せず、日本経済の足を引っ張っている元凶である。
この45社のリストに、京セラ、武田薬品、東芝、NTTデータ、キリンビールといったこれまで優良企業の典型と目されてきた大企業が目白押しであるのは意外でもある。しかしながら、ROE;5%も達成できない経営者は経営のプロとしては失格であり、早急に改善されなければ、投資家から見捨てられても仕方がない。
株主議決権行使助言大手のインスティチューショナル・シェアーホールダーズ・サービシス(ISS)は、ROEが直近5年平均で5%未満の企業については、経営トップの取締役選任議案に反対する意向を打ち出した。外国人投資家の議決権行使にに大きな影響力を有しているISSがアクティビスト提案に賛成すれば、取締役選任の企業提案が否決される事態は十分にあり得る。外国人保有比率が平均で30%を超えている現状では、同社の意向をあだやおろそかにはできない。
企業の側もそれでは安閑とはしておられないので、株主との対話重視へ経営の軸足を移し始めている。その典型例として、これまでIRには無関心であったファナックの対応が注目されている。同社は米投資ファンドのサード・ポイントからの同社が抱える1兆円もの手元資金を使って自社株買いを行うべしとの要求に対し、即座に1,300億円の工場・研究所の新設計画を発表した。ファナックのPBRは4倍に達しており、手元資金で割高の自社株を買い入れ消却するのは効率的な資金の使い道とは言えないが、サード・ポイントはさらなる株主還元策を取るように要求し続けている。
ROEの目標値を中期経営計画に盛り込む企業も増えてきている。伊藤忠:15%、日立;12%、川崎汽船;10%(現在4.45%)、アマダ10%;(現在3.06%)、三井化学;9%(現在▲6.89%)といった発表例が頻繁に見られるようになった。
このような動きはは外国人を中心とするアクティビストの機関投資家だけではなく、GPIFや第一生命など国内の機関投資家にも広がりつつあるが、やはり政府の動きが大きい。政府が経済界からの要請に応えて「円高の是正」「法人税の引下げ」を実現した代償として「賃上げ」とともに「コーポレイト・ガバナンスの強化」を迫っているアベノミクスの第三の矢がどこまで実効を挙げるのか、目を離せない。
個人投資家としては、証券アナリストからの高ROE株推奨に安易に乗ってはいけない。プロの経営者が現在低ROEの企業を中長期的に高ROEに転換する経営方針を真摯に示しているかどうかがポイントである。その具体的な戦略が納得できる企業を自分の目で確かめて銘柄選別することである。
(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)
(2015年4月5日&8日、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」4月号所収)