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英国経済はブレグジット完遂で再び成長軌道へ

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 昨年12月12日に行われた英国の総選挙で、下院の650議席中、保守党は365議席(47増)を獲得、1987年以来の大勝を果たした。いっぽう、労働党は203議席(59減)に留まった。

 保守党は2016年の国民投票でEU残留を支持した多くの地域でも票を伸ばし、EU離脱は混沌脱却を求めた英国民の民意と受け取られている。

 ジョンソン首相は、「やった、膠着(こうちゃく)を破った」と宣言。「議論の余地のない国民の決定」として「ブレグジットを実現する」と強調している。

 本年末までにはEUとのFTA(自由貿易協定)を締結し、北アイルランドを除き、EUからの完全離脱を実現する方針を表明している。

 EU離脱を梃として、卓越した行動力を具えたジョンソン首相に率られる英国経済は再び成長を加速させるものと筆者はみている。その根拠につき解説したい。


英国の経済成長は先進国最高

 2016年6月に国民投票でEU離脱を決定するまでの4半世紀にわたる1人当たりの英国の実質GDP成長率は平均1.5%と、米国をも上回る先進国随一の高成長を記録している。この事実は、意外と知られていない。(図1) 

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 2016年以降の実質GDP増加率は、ブレグジット不安から設備投資と輸出が落ち込み、2016年の2.2%増から2019年(第3四半期)の1.0%増まで減速を続けているが、この増加率はほぼEU並みで、日本の2倍以上を維持している。


根強い個人消費の伸びとそれを支える賃金上昇

 設備投資の手控えなど企業活動の低迷にもかかわらず、GDPの増加を支えているのは個人消費であり、それを支えているのは根強い賃金の上昇である。(図2)

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 民間部門の賃金上昇は2015年以降加速し、昨年には先進国のトップに躍り出た。平均賃金は過去20年間でほぼ倍増している。20年前の水準をいまだに下回っている日本とは、まさに雲泥の差である。

 英国の賃金上昇率が他の先進国よりも高いのは、規制緩和によるイノベーションが盛んで労働需給がひっ迫している事情に加えて、サッチャー元首相が壊滅させたと言われている職能別労働組合の結束が依然として強いからではなかろうか。企業別で無力な日本の労組との違いは鮮明である。


英国の国内経済基盤はきわめて強靭

 英国はわが国同様の島国ながら、貿易依存度(GDPに対する貿易額の比率は39.8%(2018年)と、日本の29.3%よりも10ポイントも高い。

 しかしながら、英国は食料、エネルギーともに自給率が高く、必ずしも貿易に大きく依存することなく、自給自足が可能な米国に近い経済構造となっている。(図3および図4)

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 食料自給率は、1961年には42%と日本よりも低かったが、休耕地の再開発により気候風土に適した穀物類の大増産を図るなどの農業政策が奏功し、最近では70%台に上昇、日本の39%を大きく上回っている。

 エネルギーについても、北海油田は低迷を続けているものの、世界最大規模の風力発電を擁するなど再生エネルギーの比率を15%にまで高め、自給率68%と米国次いで高い。

通商貿易は英国のEU離脱に影響されない 

 国民投票で離脱派が多数を占め、今回の総選挙で離脱最優先のジョンソン首相が大勝したそもそもの原因は、

① EUに新規加盟した東欧諸国からの大量移民との軋轢を嫌う民意

② 規制強化を進めるEUの官僚主義への反感と英国の主権意識の高まり

であり、通商貿易関係には何の問題も存在していなかった。

 ところが、EUから離脱すると通関手続きが必要となり、品目によっては関税の賦課を要する。関税率は平均で3%程度、乗用車でも10%と低く、為替相場変動のほうが大きいので、問題とはならないものの、EU外からの輸入と同様に税関の設置と煩雑な手続きが問題となる。

 また、国境管理を行わないことで合意している北アイルランドとアイルランド共和国(南アイルランド)の間に新たな国境管理を導入することは、英国・EUともに望んでいない。

 そこで、当初EUは「安全策」として北アイルランドのみ、EUの関税同盟に留まることを求めてきた。これに対し、メイ首相は連立を組んだ民主統一党(DUP)の意向を容れて、この案を拒否、英国全土を安全策の対象とする案で進めたため、これでは完全なEU離脱にはならないとする離脱派の反発が強く、議会の承認を得ることができなかった。DUPは南アイルランドとの融合に反対するプロテスタント原理主義で、英国内に2制度を導入することに徹底抵抗したからである。

 ジョンソン首相は、安全策の導入をEU提示の当初案に戻して、アイリッシュ海に見えない国境線を引くことで、EUとの合意を取り付けたもので、きわめて現実的な対応である。 

 そもそも、英国のEUとの貿易比率は50%弱と高いものの、つねに英国側の輸入超であり、EUが英国に依存していると見るべきであろう。たとえば、自動車産業においては、英国の自動車メーカーは部品の大部分をドイツから輸入し、英国では組み立てを行って完成車を輸出するといった緊密な協業関係が築かれてきた。

日系企業の対英進出意欲は依然旺盛

 最近相次いでいる日本を主とする外資系自動車メーカーの英国から撤収の動きは、世界的な自動車産業縮小の過程で、高賃金の英国が競争力を失った結果であり、この動きをEU離脱と結びつける見方は的外れである。

 一方で、昨年1月にはアサヒビールは英国の高級ビール「フラー・スミス&ターナー」を370億円で買収、10月にはキャンプ用品の大手スノーピークがロンドン中心部に大型店舗を開設、駐車場ビジネスの最大手パーク24が英国での駐車場ビジネスを大々的に進めるなど、金融・投資や情報通信ビジネス以外でも、日本企業の英国進出意欲は衰えていない。



英国の地場企業への株式投資も極めて有望

 ブレグジット不安が続いている中にあっても、賃金の伸びを背景に個人消費が順調に伸びている上向きの経済動向を好感して、英国の株式市場は昨年を通して力強さを見せてきた。

 英国株指数には大型100銘柄で構成するFTSE100とそれに次ぐ250の中型銘柄から成るFTSE250がある。昨年はFTSE100の約10%値上がりに対し、後者のFTSE250は20%以上上伸した。(図5)

 FTSE100は時価総額の約5割を金融、石油・ガス、素材の3業種が占める国際市場銘柄中心である。これに対して、FTSE250は英国内の地場産業がほとんどで、個人消費に支えられた好業績を反映して値上がりしたものである。ヴァンガードなどがFTSE250指数のETFを売り出しているが、日本の証券会社はこれを取り扱っていないのは残念である。

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英国のブレグジットによる悲観論も

 もちろん、ブレグジットの混乱が英国の衰退を引き起こすのではないか、と危惧する声が存在するのもたしかである。それでもやはり、筆者は英国経済の将来は明るいと確信している。

 因みに、1988年から2000年までクォンタム・ファンドを仕切り、1992年のポンド危機で世界を驚かす成果を上げたスタンリー・ドラッケンミラー氏も、英国と米国を比較して、①政赤字対GDP比率は米国4.5%、英国2%で対GDP債務比率が低い、②FTSEはPER 12倍、利回り4%と好調といった点を評価して、ブレグジット後も英国の方が投資先としてより有望であると見ている。

(日本個人投資家協会 副理事長 岡部陽二)

(2020年1月1日刊行、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」2020年1月号「投資の羅針盤」所収)
















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