東芝は昨年12月5日、海外の投資ファンド60社を引受先とする第三者割当増資を実施して6千億円を調達した。新たに割当てられた株式は発行済み株式の数の約54%と過半を占める。
この増資により、東芝は上場廃止となる瀬戸際でピンチを切り抜けたものと見られている。この増資を可能としたのは、昨年10月12日に行われた東証による東芝株の「特設注意市場(特注)銘柄の指定解除」にあった。
この指定解除は、東芝の株主利益を保護するために東証がとった東芝株上場維持のための格別の配慮と報じられている。
だが、果たしてこの増資実現が既存株主のためになるのか?、さらにはこれが市場秩序の維持に繋がるのか?、この問題を考えてみたい。
債務超過による上場廃止を瀬戸際で回避
この増資発表の1週間後の12月12日には、半導体メモリー事業の売却を巡って対立していた東芝と米ウエスタンデジタル(WD)は和解契約に調印、米ファンドのベイン・キャピタルやSKハイニックスが半導体メモリー部門の買収に応じ、産業革新機構と日本政策投資銀行も支援を行う体制が整った。
本年3月末までに半導体メモリー事業が約2兆円で売れないと2期連続の債務超過となり、上場廃止は不可避であった。資金調達に続いて、このメモリー事業の売却により、東芝再建は大きく前進したものと評価されている。
これを好感して、増資払込み後に東芝の株価は引受価格の263円からじりじりと値を上げて、年末に大納会では317であった。半導体メモリー売却後の東芝株のフェアバリューは400円程度と見られているので、無事売却が実現すれば、6,000億円の増資に応じた株主は3,000億円程度の利益を確保できる計算となる。
海外ファンドが東芝の6,000億円増資に応じたのはごく自然
とはいえ、増資の発表が先述したように半導体メモリー事業の売却に目途がつく前のことである。交渉が不調に終われば債務超過となり上場廃止が確実視される。そのような東芝株の売出しに、利に聡い海外ファンドが60社も応じたのは何故か。
東芝の窮状を見かねて救おうという義侠心からではない。主幹事のゴールドマン・サックスの説得を了として、多少のリスクはあっても短期間で元をとって儲かる可能性が高いと判断したのは自然である。
上場を維持したままで東芝を再建したいとする東証やその背後にある政府の確固たる姿勢が高く評価されたのは間違いのないところでろう。海外ファンド勢には、国有化された長銀の買収で巨利を得たことや簿価70円の三洋電機株をパナソニックに131円で売却して大儲けをした過去の記憶が鮮明に残っているからである。
メディアの一部は「この増資の成功により、東芝は半導体メモリー売却に反対するWDとの交渉でも優位に立った」と報じているが、これは順序が逆であり、海外ファンドは半導体メモリー売却交渉の成功を確信した結果、増資に応じたのは間違いない。
もっとも、東芝にとって不都合な真実がまだ隠されているリスクは残っている。
原子力部門で保有していたウエスティング・ハウス(WH)は破産処理済みで、これ以上の財務負担を東芝強いられることはないと公表されているが、本当かという点が最大のリスクであろう。
ただし、このリスクは顕在化するにしても、裁判を経て債務が確定するのは何年か後のことになろうから、海外ファンドはそれまでに売り抜ける算段で臨んでいるのであろう。
「特注」解除の経緯は疑問だらけ
「特注」銘柄指定は内部管理体制に問題がある企業に一定期間での改善を促す制度である。
改善の方向にあると東証が判断すれば、何時でも解除できる。債務超過とか赤字決算の長期継続といった客観的な基準は存在しないので、東証の心証次第で決められるのはやむを得ないところではある。
それにしても、今回の東芝の特注解除に当たっては、「異例ずくめ」であった。臨時の理事会を開催したこと、さらにはその審査の指揮を執った佐藤隆文日本取引所自主規制法人理事長が審査の経緯と特注解除を決めた理由を噛み砕いて「東芝の病巣を取引所の番人が明かす」と題した文藝春秋誌12月号に投稿したことなどが挙げられる。
この特注解除に至った東証の立論に対して、マスコミから提起されている疑問点は以下の3点に要約できる。
1、東芝は2016年12月に「内部管理体制確認書」を提出して、特注指定解除を申し出た。ところが、その直後に別の売上過大計上が発覚し、さらにWHが15年末に買収したS&W絡みで数千億円の損失計上リスクのは発生を突如発表、WHは米倒産法申請に追い込まれた。この事態に対し、PwCあらた監査法人は17年3月期の有報では監査は限定付き適正、内部監査報告書では不適正の意見を付けている。東証はこのような監査法人の意見を頭から無視して「東芝が新たに不正行為を働いたわけではない」としている。佐藤理事長は「監査法人の意見を鵜呑みにすることはない」「メディアも監査意見が神聖不可侵であるかのように扱わないでほしい」とも公言している。これは監査法人制度を根底から否定する暴言とも言え、到底容認できない。
2、 自主規制法人の取り決めでは、理事7名中「社外理事2名の反対があれば否決」となっている。2名ともこの時期に特注解除は行うべきではないとの反対の立場であったが、反対派の理事1名を理事長自ら説得して、賛成に翻意させた。これは、本来中立を堅持すべき理事長のとるべき態度ではない。
3、架空利益の計上をした歴代社長の刑事責任の追及については、証券等監視委員会で検討が続けられている。このような状況下での東証の特注解除は理解に苦しむ。
問題は「どの株主のためか」という一点
佐藤理事長は、上記投稿やインタビューの中で繰り返し「東証の使命は、資本市場の秩序を維持し、投資家を保護することにある」と述べている。
上場の維持=投資家保護で、上場を維持することが真に株主のためになるのかどうか、そこがポイントではなかろうか。
上場維持を前提に263円での増資に応じた海外ファンド株主の利益に合致することは間違いない。しかしながら、過去に長期投資として500円以上で購入した株主にとってはどうであろうか。上場廃止となれば、狼狽売りするか、非上場株として保有し続けるかの選択肢がある。(株価推移下掲)
今回の東芝再建は儲け頭の医療機器部門と中核中の中核ともいえる半導体メモリー部門を売却し、赤字の原子力とパソコンを凍結ないしは切り離すことによって、残りの30部門で生き残り再生を図るものである。
このような荒療治を施すに当たっては、一旦上場を廃止して、再生を果たしたうえで再上場を期するのが、最も効率的で既存株主の利益にも合致するのではなかろうか。
東芝が実体的に債務超過ではなく、事業価値が認められるのであれば、上場を廃止しても株式が紙くず同然になるわけではない。
例えば、2006年4月に上場廃止となったライブドア株に対しては、12年に1株当たり1,134円の残余財産分配金が支払われ、上場廃止前に安価で買った株主は利益を得ている。
また、2016年9月にMBOで上場廃止となったすかいらーく株は14年に再上場され、業績好調に推移している。
もっとも、株主利益よりも市場秩序の観点からは、ガバナンス改善の方がより重要とも言える。
児玉博著「テヘランから来た男・西田厚聡と東芝崩壊」には、社長辞任後12年以上にわたる西室院政の実体が赤裸々に綴られている。
「東芝本社38階には社長室。会長室とともに相談役の個室が用意されている」「西田を社長に指名したのは、西田の一代前の社長の岡村ではなく、西室である」「粉飾決算の責任をとり辞任した西田子飼いの田中に代わり、西室が指名したのは半導体の技術者出身の室町正志だった」といった具合である。
委員会設置会社であるにもかかわらず、指名委員会はまったく機能していない。このように一旦腐敗した企業ガバナンスの改善度を評価するには、今後数年の実績を見る要があり、拙速は避けるべきである。
(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)
(2018年1月12日、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」2018年1月号所収)