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民族意識を知らなければ、英国のEU離脱問題は理解できない!!

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 5月上旬に行われた英総選挙で勝利し、保守党の単独政権を成立させたキャメロン首相は、欧州連合(EU)と加盟条件を巡り交渉することを最優先課題に掲げている。その結果を踏まえて公約として掲げたEU離脱の是非を問う国民投票を2017年末までに実施する。

 キャメロン首相自身はEU離脱にはきわめて慎重ながら、保守党内には離脱推進派も多いので、国民投票の実施によりこの問題に決着をつけておくことが重要と判断した結果である。

東欧をはじめとするEU域内から経済が好調な英国に流れ込む毎年20万人以上の移民が、有権者の職を奪い、多額の福祉予算が彼らのために費やされていることに対する国民の不満の高まりにも対応せざるを得ないのが実情である。

今回の総選挙の結果では、昨年実施された国民投票で否決されたばかりのスコットランドで再び独立機運が高まり、地滑り的にスコットランドの59議席中53議席をスコットランド民族党が獲得したことも注目された。EU離脱の動きにもスコットランド独立にも、民族意識の高まりが底流にあるものと見られる。


キャメロン首相の巧妙な前例踏襲戦略

英国ではEU加盟の是非を巡って、1975年6月5日にも国民投票が行われたことがある。

 英国は73年1月1日にヒース保守党内閣の下でEC(欧州共同体)に加盟したが、その条件として、加盟条件の再交渉を行ったうえで、それが成功した暁には総選挙もしくは諮問的国民投票で国民の審判をあおぐことを公約した。

その後、政権はウィルソン率いる労働党に代わったが、政府はEC予算に対する英国の分担金の軽減、共通農業政策の手直しなどについてECと再交渉した。この交渉では「英国のEC脱退もありうる」との威嚇が功を奏して、753月にダブリンでの交渉で決着を見た。

これを踏まえて、ウィルソン政府は、国民投票を実施した。投票率64.5%、投票結果は、残留67.2%、脱退32.8%で、2対1以上の大差で英国民はEC残留を選択したのである。事前の世論調査では、75年2月まで脱退が多数を占めており、「ダブリンの勝利」が世論を逆転させたものと分析されている。

この国民投票は、議会に絶対的な権限が付与されていると考えられてきた英国憲政史上初めて行われた国民投票であった。その後は、労働党のブレア政権下で「ユーロを導入すべきか否か」について条件がそろえば国民投票に付す可能性がマニフェストに挿入されたことが2回あったものの、世論の強い反対が予想され、結局、実施されずに終わっている。

この経緯からも明らかなように、英国民の感情は基本的には「反EU、ユーロ導入反対」である。経済的には輸出入の50%以上を依存する欧州大陸と断絶しては存立しえないことはよく分かっていながら、民族感情として欧州と一緒にはなりたくないという強い意識である。

 この民族感情は、15世紀の百年戦争以来、英仏間で19世紀にも3回にわたって干戈(かんか)を交え、20世紀前半にはドイツと2度にわたっての大戦を経てきた歴史に裏打ちされている。

70年代に英国に赴任した筆者の経験でも、「Europeという地域に英国は入らない。英国を含める場合には、UK & Europeと言い給え」と教えられたり、家主のユダヤ人から「私の目の黒いうちは絶対に欧州の地に足を踏みいれない」と聞かされた記憶が残っている。

英国は欧州大陸諸国と対峙するだけではなく、英国は欧州の一部にはならないという意識が強く、EU共通のルール作りでは、常に英国の論理をEUに押し付けようとする。かつてドーバー海峡に霧が立ち込めたときに英国のタイムズ紙が"Fog in the channel,continent isolated"と報じたのは有名であるが、今でもこの英国優位の意識は抜けていない。

 今回のキャメロン首相の判断も、このような誇り高い国民感情のガス抜きを意図したもので、EUから何らかの譲歩を引き出して幕引きとする魂胆と見られる。


移民の急増は英国経済の好調が主因

国民投票の前提として英国がEUと再交渉を行う要求の二本柱は、①移民労働者受け入れの制限強化と②ユーロ圏での金融規制からの英国の除外やアジアとの自由貿易協定推進などである。①は規制の強化を求め、②では規制の緩和を求める身勝手な要求となっている。

 もう一つ、EU条約が謳う「国家統合へ向けて統合を深化させる(Ever closer union)という原則からのオプトアウト(適用除外)があるが、これにはEU側が難色を示すのは明らかである。

英国側の戦略としては、複数の要求を突き付けて、いくつかの項目でEU側の譲歩が得られれば、国民に対してはそれで大成功と喧伝することにあるが、国民の関心の90%以上は①の移民問題に集中している。

英国統計局が今年2月に発表したところでは、昨年9月までの1年間に29.8万人の外国人純流入があり、その大部分はEU域内からの移住者であった。

英国への移民増の背景には好調な英国経済がある。最近3年間(201315年、15年度は予測、IMF世界経済見通し)の平均実質経済成長率は英国2.3%とドイツ1.1%、ユーロ圏0.6%(米国2.6%、日本0.8%)と比べても格段に高い。EU委員会が公表している2060年までの予測でも英国の実質経済成長率は2%程度とドイツの2倍のペースでの成長が期待されている(図1)。

わが国のメディアやシンクタンクのレポートでは、ユーロ圏でのドイツ経済の独り勝ちだけが喧伝されて、英国経済については報じられないので、その好調ぶりがあまり知られていないだけである。

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失業率(15年2月時点)も、ユーロ圏平均の11.3%に比して英国は5.5%と、ドイツの4.9%と並んで低い。

 このため、国内の産業界からは人手不足への政策対応を求める声が強く、政府にも一部職種における人手不足を外国人労働者によって緩和しようという動きも見られる。


英国民の不満は東欧からの移民急増に集中

英国への移民は94年以降、一貫して純流入超となっている。特に04年以降は年平均24万人の移民純流入があり、それ以前の10年間と比較して倍増した。

かつては旧植民地のインド、香港、中近東などの出身者が多数居住していたが、近年の移民増加の背景には労働党政権(19972010年)による高級技術者・医師などの技術者優遇の移民政策への転換に加え、EU新規加盟国からの移民急増がある。

この状況を12年についてEU域内全体の労働移動との関連で見ると、年間14万人を超える域内からの流入(受入)国はドイツと英国で、10万人を超える流出国はルーマニアとポーランドとなっている(図2)。

このような東欧圏からの移民増は英国にとって、①かつての英語圏からの移民と異なり言語や生活習慣の違いからくる違和感が強い、②高学歴で家族ぐるみの移民が多く、小中学校の不足など地域社会への負担が大きい、といった新たな問題に直面することとなった。

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EU域内での移住は原則として自由ではあるが、受入国が他のEU加盟国からの「ベネフィット・ツーリスト(失業手当など福祉目当ての移住者)」への給付を停止する権利、EUから各国議会への一部権限の返還など、移住を実質的に制限する措置をとることは可能とされており、キャメロン首相がEU域内からの移住者への給付制限に関しての何らかの合意を取り付ける可能性は高い。労働移動の自由はそもそも、給付制度を選ぶ自由を意図したものではないからである。

ただ、一方で英国が高い経済成長を続けるためには移民労働力を必要としているのも事実である。

この移民問題だけで英国がEU離脱の途を選ぶことは、現状ではありえないものと考えられるが、ファイナンシャル・タイムズ紙は「まだ悪い方向に進み得ることは多々ある。英国の国民投票の結果を左右する主たる要因は、人々が今日何を考えているかではなく、また、EU加盟の経済的なコストと利益でもない。問題は、今から国民投票までの間に何が起きるかだ。どんな世論調査も、それを我々に教えてはくれない」と慎重な見方をとっている。

(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)

(2015611日発行、日本個人投資家機関紙「ジャイコミ」210156月号所収)













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