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Brexitは英国経済成長の鍵(下)

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前回のBrexitは英国経済成長の鍵【上】に続いて、英国のEU(欧州連合)からの離脱(Brexit)について取り上げる。

 Brexitに対する市場の反応は明らかに過剰であったが、これまでは英国経済の報道をほどんど行わなかったメディアが、一転して「英国はドイツに次ぐ主要国で金融ではEUの中心」などと囃したてているのは頂けない。

英国はもともとEUの実質准加盟国

 英国は統一通貨ユーロには参加せず、域内の人の移動の自由を定めたシェンゲン協定にも参加していない。人・物・金の共通化を謳うEUの基本理念のなかで、英国が参加している協定はサービスを含む物の移動の自由だけである。

 シェンゲン協定にはスイス、ノルウェーなどEU非加盟国も参加しており、欧州諸国の中でユーロにもシェンゲン協定にも参加していないのは英国とルーマニア、ブルガリアだけである(図1、注記参照)。ルーマニアとブルガリアはユーロ圏加入を目指しているので、いずれは英国のみとなる。

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シェンゲン協定に参加していない英国はEU加盟国の国民についても国境での厳格な入出国管理を行なっている。政府の移民抑制方針にもかかわらず、実際には抑えきれず、年間32万人もの移民が流入したのは、英国がEU加盟国であるが故ではなく、英国企業が人手不足を補うべく積極的に移民労働力を求めたが故であった。

英国への移民の過半はEU外からの流入

 英国民がEU離脱を選択した理由の一つは東欧を中心としたEUからの移民の急増にあると解説されている。確かに、英国への移民の純流入数は2012年の約16万人から2015には32万人へと6年間で倍増している。

 しかしながら、移民の出身地を具に分析すると、2015年でも依然としてEU域外からの移民が過半を占めている。EU域内からの移民についても、2000年以前からEUに加盟していたコア15ヵ国からの流入が2/3を占め、2004年以降に加盟したポーランドやルーマニアなどからの流入は年間6万人ほどに留まっている(図2)。

 この統計から判断しても、英国への移民が急増しているのは、EU加盟国が東欧にまで拡大したことが主因ではなく、英国の国内景気が好調で労働市場が逼迫していたために、企業が積極的に移民を雇い入れたもので、それを拡大EUの所為にするのは明らかに的外れの議論である。

 また、英国の総人口に占める移民比率(総人口に占める外国生まれの比率)12.3%(2013年)は独・仏よりも若干低く、スウェーデンの16.0%、米国の13.1%よりも低い。

 もっとも、EU域外である旧英領植民地からの移民は清掃人などの単純労働に就く者が多かったのに対し、EUに新規に加入した東欧からの移民は教育程度が高く、勤勉な知的労働者が多いため、英国人のプライドを過度に刺激した点は否めない。

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Brexitは英国経済にもプラス

 EU残留派の主張は、①英国はEU加盟により大陸欧州の単一市場へのアクセス権を得て、これが英国経済の成長を支えてきた。この単一市場を失えば、英国を拠点としてきた金融業や製造業が英国を離れる、②この結果、ロンドンの金融仲介機能を失えば英国の国際収支は大幅に悪化し、ポンド暴落のリスクが高まる、③EU離脱のペナルティーとして高い関税を掛けられると消費の減少を中心に英国経済は縮小し、GDP成長率も最低0.5%程度は低下する、といった悪循環のシナリオである。

 この見方は、余りにも一面だけしか見ていない感情論であり、これが正しいとすれば、EUに加盟していないスイスやノルウェーの経済は長期低迷しているはずであるが、EU加盟国よりもはるかに高成長を維持している。

英国のGDP2割程度を占める対EU輸出入は、常に英国の輸入超過であり、共通関税のメリットがなくなって損を蒙るのはEU側である。したがって、この関税問題はおそらく現在EUがノルウェーと締結しているのと同様の包括協定を結ぶことによって回避される。そもそも、EUの対域外国関税率の平均は3.6%、自動車でも10%であり、為替の変動リスクに比べれば極めて小さい。

 金融機関が享受しているEUシングル・ライセンスにしても、EUが指向している金融取引税の賦課などの規制強化を考慮すれば、果たして英国にとって有利な恩恵と考えるべきかどうか、疑わしい。

ロンドン市場の優位と英国経済の安定成長は揺るがない

そもそも世界中のマネーがロンドンに集ってくるのは、英国がEUに加盟しているが故ではない。マネーはEU非加盟のスイスにも集まっているが、ドイツには来ない。Brexit後には国際取引に不可欠のタックスヘイヴンを擁する「ロンドン市場」がその多様性と柔軟性を一段と強めて、世界の金融・資本市場の中心として繁栄しつけるものと筆者は確信している。

このロンドン市場の優位性を確立したのは、はサッチャー時代に断行されたビッグバンによる規制緩和であり、英蘭銀行が採ってきたその後の適切な金融政策である。1992年に導入された「インフレ・ターゲット政策」により、英国のインフレ率は沈静化し、その後現在まで14年間にわたって2%台の実質GDP成長率を安定的に維持している(図3)。

Brexitによる混乱は早期に克服して、英国の経済成長は引き続き維持されると見るのが妥当であろう。

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(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)

(2016年9月15日発行、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」2016年9月号「投資の羅針盤」所収)








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