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自分史で終活を充実~日本工業倶楽部会員座談会での講演

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 2019年2月21日、日本工業倶楽部の会員座談会において「自分史で終活を充実」と題して、概要次のような話をした。

2019年2月21日本工業倶楽部会員座談会での配布資料.pdf

1、自分史「国際金融人・岡部陽二の軌跡~好奇心に生きる」公開出版の動機

 本書は当初子供や孫などの近親者とごく親しい友人のみに配布する考えであったが、折角出版するからには、一般にも公開すべきかと考え直した。そこで、アマゾンのKindle版で出版、さらに全文をホームページ上で公開したところ、予想外の反響があり、驚いている。

2、具体的な反響

① アマゾンへの投稿8編(添付の配布資料に収録)の中で、本筋の国際金融に関わるものは雨露歩(三露久男)氏と石田護氏、銀行の同僚お二人、ほかのコメントは満州での難民体験や退職後の大学教授時代に集中。三露さんと孫からのコメントは私からお願いしたものではない。

② 息子の恩師である同世代の東大名誉教授・増子曻先生からは「私の体験と一致するのは、下着の縫い目に沿ってびっしりくっついた虱を両手の爪先をうまく合わせて根気よく潰していくのが日課となった」という一節とのコメントを頂戴した。

③ 毎日新聞の「人模様」、東証ペンクラブからの受賞はまさに予想外であった。

④ 最大の驚きは、昨年10月に中公新書で「高坂正尭~戦後日本と現実主義」を出版された中央大学教授の服部龍二先生から、高坂の幼年期のことが全く分かていないので、本書が役に立った。インタビューに応じてほしいとのお申し越しがあり、「元住友銀行専務取締役・岡部陽二インタビュー――学生時代の高坂正尭」と題する20ページに及ぶ中央大学の紀要に載せる学術論文が完成したことである。具体的には中・高時代の洛北塾での交遊、大学入学後の京一中洛北同窓会での永末英一元民社党党首との邂逅、ロンドンでの国際戦略研究所への往訪などが盛り込まれた。自分史の「資料的価値」を再認識した次第である。

3、満州難民時代の体験録がまさに本書執筆の動機

 一昨年に藤原作弥氏(1937年生まれ、元時事通信記者・論説委員、日銀副総裁)の講演「昭和時代に生きる」を拝聴し、私も同氏とほぼ同じ終戦翌年の1946年一年間を安東で過ごしていたことを知った。

 私より3歳若い同氏の著書「満洲、少国民の戦記(1988年、新潮文庫)に触発されて、私もほとんど忘れ去っていた当時の体験を「一満州難民の体験記」にまとめ、日本工業倶楽部の会誌に投稿した。

 これを読んだ娘に、こんな話は初耳と指摘されて反省し、一念発起して終活の一環として生涯を通しての自分史の執筆に踏み切った次第である。決して、周到な準備をして企画したものではなく、思いつきの産物である。

4、教育者としての経歴にも読者の関心が集中

 目下連載中の日経「私の履歴書・五百旗頭眞」では、5時以降深夜までのゼミの模様など語っておられる。五百旗頭先生は高坂正尭先生の10年後輩で、両人ともに猪木正道先生門下。

 私はゼミのテーマを個々の学生に自由に選ばせるというユニークな方針で臨んだため、多くの分野からの多彩なレポートが揃たものの、私の負担は大きかった。

 大学教育の問題は、教育に専念している教師はごく少数であること。これは教員には人事考課がないことに由来しており、企業との懸隔が大きい。

5、医療経済の研究面での関心

 研究では米国の医療制度、特にオバマケアを徹底トレースした。これを評価してくれた米国の医療機器メーカーの団体から講演依頼には驚いた。

 ホームページに収録しているオーストラリア、ロシア、南アの医療についてはほかの文献はほとんど存在しない。

 レジナ・ヘルツリンガー教授の三部作の翻訳は、市場原理が全く働いていないわが国にはいまだに無縁と判断されて、出版に苦労をしたものの、「医療サービス市場の勝者」は1万部を売り切った。

 ただ、日本では「医療サービス」が産業であるという認識が欠如しており、医療の世界には「サービス」とか「市場」とか言った概念がないのが実情である。インターネットで「医療サービス市場」と入力いただくと、今でもこの本が最初に出てくるのは、その証左と言える。

 その後、「消費者が動かす医療サービス市場」「米国医療崩壊の構図」を2年おきに監訳出版した。

6、自分史で心掛けた点

 執筆活動という点では、在職中はほとんど実績がなかった。学生時代は作文嫌いで、60歳を過ぎて銀行を辞めるまで業務上の文章以外は書いたことがなかった。明光証券の会長になって、エッセー風の短い文章を書き始め、それらを纏めて1999年に「岡部陽二著作集~一国際金融人の軌跡」を刊行したのが、最初の出版物である。

 本書には70編の小論やエッセーを収録したが、その後の20年間でホームページにアップした国際金融論、証券市場論、医療経営論、地質鉱物学の趣味関連の小論文・エッセー数は500編を超えた。

 自分史執筆に当たっての心掛けとしては、

現代史の中に自分人生を重ねる(立花隆「自分史の書き方」)

自伝とは人生を肯定した文学であるべき(石田修大「自伝の書き方」)

名もない人、ごく普通の市民が自分の人生を振り返って書くのが自分史(前田義寛ほか「失敗しない自分史作り」)

といった視点、心掛けが肝要と理解した。

 ただ、記述の客観性を担保するには、編集者の協力が不可欠と考えて、日経の元記者・杉本哲也氏にインタビューを、出版部に編集をお願いした。「私の履歴書」で培われた日経の編集力は流石に優れたプロの技であった。

 年号などは徹底して検証頂きいた。公務員試験合格のエビデンスを確認、満鮮国境の閉鎖の年については確認に手間取った。

 折角自分史を纏めるからには少しでも多くの若い方に読んでいただきたいものと考え、印刷本は少数部に留め、基本的にはアマゾンKindle 版の電子書籍刊行に重点を置くこととした。お陰さまで、この電子書籍は好評を得ている。

 本書の全文はインターネット上の「岡部陽二のホームページ」にも33編に分けてアップしている。

 電子書籍やネットの利点は、刊行後も修正や増補が自由にできる点にある。

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