ヤナギネコ
個人の曖昧な記憶を自伝風にまとめあげたものは多々あるが、この「国際金融人・岡部陽二の軌跡」は、それらとは一線を画するものである。まさに明快そのもの、何やかやを虱潰しに調べ上げて、著者個人にとどまらず、私たち日本人の来し方を様々に照らし出し、考えさせられる内容になっている。一大傑作である。
さっき、述べた「虱潰し」という言葉は、物事を片っ端からすべてにわたって片付けていくことを意味する言葉であるが、今や虱の絶滅とともに死語になっているのかも知れない。
著者によって書かれた虱潰しは文字通り、不衛生な着た切りシャツに繁殖する虱を、徹底的に、両手の爪先で潰していったという事実を書いている。そういう難民生活を強いられた十一歳の日課にあって、満州の小京都とも言われる、桜や柳のそよぐ風景を忘れることはなかった。
決して諦めない姿勢は、まさにこの虱に培われたものでないだろうか。同時に又、一大難儀を、次々と踏破し、男の出世のトップを走りながらも、それらにまつわる些事もまた打ち捨てることなく、何よりはらからを慈しまれることなど、こころの風景の原点をここに見るような気がする。
もっとも強い男は、もっとも優しいということであろう。
ところで、経済にも政治にも疎い私ではあるが、昔の銀行という立ち位置は現代のそれとは大きく異なって、庶民からみれば神さま仏さまという存在であったように覚えている。
そんな中にあって、「寝食を忘れる」というような生易しい言葉の響きには追い付かぬほどの現実を体験されたことであろう。
飽くなき好奇心は、これから先どこまで発展されるのであろうか。
今、読み了へて、筆者もまたおちおちしていられない、ちょっと頑張ってみようかと、それなりの勇気をいただいている。
(2018年10月7日付け、Amazon電子書籍:Kindle版、定価:500円(税込み):カスタマーレビューへの一読者からの投稿)