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医療関係専門紙誌の論評
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監訳者の論説・エッセー
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- 大阪工大摂南大学「学園新報」:サイエンス アンド アーツ欄「医療システムの国際比較」
- 日本証券経済クラブ「しょうけんくらぶ」:「医療サービス市場の勝者」
- 「GE-TODAY」:「医療サービス市場の勝者になるにはーアメリカの病院のとりくみ手法から学ぶ」
- 京大ESS会誌「Comet」:「医療サービス市場の勝者」
- 住友銀行OB会誌「銀泉」:「医療サービス市場の勝者」
- HIS研究会四季報:「簡約・医療サービス市場の勝者」第一回
- HIS研究会四季報:「簡約・医療サービス市場の勝者」第二回
日本経済新聞日曜日版 2000年5月21日 書評
医療サービス市場の勝者
レジナ・E・ヘルツリンガー著
評者:編集委員 中村雅美
「ほとんどあらゆる商品が深夜でも電話一本で買えるこの時代に、ちょっとした病気を診てもらうのに半日も仕事を休まなければならないのはなぜか?」-冒頭にあるこの言葉が内容を的確に示している。
「医療はサービス産業」というと反発する医師が結構いる。高度の専門知識と技能を持ち、何よりも人の命を預かる“崇高な”使命があるからという。同様に医療に「市場」を持ち込むことに異論を唱える人も多い。人の命を金銭に換算するのか、というのだ。
もちろん、医師の使命を疑うものでないし、現在横行している行き過ぎた低コスト化の弊害も歓迎すべきことではない。しかし、医療関係者に「市場」と「サービス」の意識がもう少しあったなら、保険制度を含めた医療の姿はずいぶん良くなることだろう。
製品や知識の供給者と、それらを消費する需要者の間に、適度の緊張感と情報・意識の共有があることが「市場」の基本の一つと思う。本書はこのことを前提に、消費者が主導的な役割を果たす医療や保険制度を提言している。「消費者がコントロールする医療保険システム」やそれに続く終章「実現の条件」がそのことを示している。
基礎や手本になっているのは綿密な現状分析であり、成功した米国企業の行動である。医療を産業と見ることに違和感を覚える人も多いだろうが、著者の言う「消費者主権」の下の医療には、誰も反対しないだろう。原著は九七年刊だが、二年あまりの時間の差を感じさせないし、日本の現状にそっくりで参考になる事例も多い。
金融業界を持ち出すまでもなく、消費者不在で業界の利益を守るだけの無用な規制に保護された産業は、競争力と技能が衰退することは自明である。米国の医療のすべてが良いわけではない。しかし彼らから学ぶべき点は多いし、「サービス」と「市場」をキーワードに日本の医療にメスを入れるべき時に来ていると思う。
岡部陽二監訳、竹田悦子訳。(シュプリンガー・フェアラーク東京・二,五〇〇円)
読売新聞 2000年(平成12年)8月6日(日曜日)
◆「医療サービス市場の勝者」
レジナ・E・ヘルツリンガー著
評者:馬場 錬成(本社論説委員)
◆日本にも通じる改革の鋭い視点◆
アメリカの一般国民の大多数は、医療費は高すぎると考えている。医師はもうけ主義で病院は無駄だらけで非効率的だと思っている。医師はいつでも命令調で、患者の都合は二の次らしい。医者なんてくそ食らえと考えている米国人が、結構いるようだ。
医師の裁量による出来高払いを抑えるために、医療保険機関が治療内容を管理するマネジドケア(管理医療)が導入されているが、どうやらこれにも欠陥があって見直しに入ろうとしている。
アメリカの医療は、日本のお手本になるものであり、インフォームド・コンセント(十分な説明と患者の同意)が行き渡っているモデル医療であると思っていたが、事実は違うようだ。もちろん、すべてアメリカの医療システムがいいという発想自体が間違っている訳だが、それにしても医療現場はどこの国も後れているものだ。
アメリカの医療現場の問題点を総点検しながら、新しい医療のあり方を提言している本だが、読むほどに日本の医療現場と、本質的に余り変わらないじゃないかという場面が出てくる。
医療改革への著者の提言は徹底している。製造業やサービス業を変革させた経営手法を導入せよとそのノウハウを伝授する。
技術を賢く使い、ドグマに振り回されるな、垂直方向に統合せずに水平方向に統合せよなど、いま世の中で進んでいる、IT(情報技術)革命の進展と決して無縁な話ではない。急進変革する産業現場の風が、医療現場にも吹いてきたということだろう。
日米の医療制度は違うが、医療改革の視点は、どの国でも同じものだ。日本でもおおいに参考になるはずだ。それにしても著者が言う、医師側は患者の主張をとり入れろ、ウソをつくな、時間を奪うな、そして患者を「ペイシェント(受難者)などと呼ぶな」というくだりなど胸がすく。
岡部陽二監訳、竹田悦子訳。
(シュプリンガー・フェアラーク東京、2500円)
◇レジナ・E・ヘルツリンガー=ハーバード大学経営大学院教授、専門は医療経営論、非営利企業論など。
産経新聞 2000年(平成12年)8月29日(火曜日)
医療サービス市場の勝者 レジナ・E・ヘルツリンガー著
米国の医療は日本に比べ,高度先進性とサービスでは先んじている。しかし,米国民は「病院,医師,医療保険は,購入している商品やサービスのなかでコストに照らして最低」との評価を下しているという。
ハーバード大学経営大学院で医療経営論などを教える筆者は冒頭,こう問う。
①トヨタのある車種の故障率は簡単に調べられるのに,居住区域で術後生存率が最高の心臓外科医を調べるのが難しいのはなぜか
②ほとんどの商品が深夜も電話一本で入手できる国で,診療のために半日も欠勤しなければならないのはなぜか
③マクドナルドは全米で無数のフライドポテトを完ぺきに作っているのに,病院では腎臓摘出や足の切断でも左右を間違えることがあるのはなぜか─。
筆者は,顧客が望む利便性,自助能力を発揮できる情報,徹底的なマニュアルのもと一定水準のサービスを低価格で提供した企業の成功例を示し,医療もこれに学べると主張している。国民皆保険制度の日本で,サのまま参考にはできないが,傾聴に値する提言を行っている。
中国新聞 平成12年11月26日「くらし」欄
米で注目「病院の専門施設化」
提唱本監訳の岡部・広島国際大教授に聞く
診療科目を得意分野に絞り込んで,特定の患者のニーズにこたえる「病院の専門施設化」を提唱した本が,アメリカで注目を集めている。レジナ・E・ヘルツリ ンガー著「医療サービス市場の勝者」。監訳した広島国際大医療福祉学部の岡部陽二教授(国際経営論)は「日本でも参考になる点が多い」と話す。(長富健 三)
著者はハーバード大経営大学院の女性教授。自動車メーカーやハンバーガーチェーンと病院のやり方を比較し,病院はもっとフォーカスト・ファクトリー(焦点絞り込み工場)の考え方を採り入れるべきと唱えた。本は,一般向け医療問題部門のベストセラーとなっている。
米国では,健康志向の高まりを受けて,とりわけキャリアウーマンから「診療まで待たされたくない」「もっと専門的なサービスを受けたい」など,よりレベルの高い要望が出ている。しかし現実には,病院は患者のきめ細かいニーズにこたえられていない。
フォーカスト・ファクトリーの底辺にあるのは,患者の求めるレベルに応じるために,総合病院より専門施設を,いわばデパートより専門店を目指そうという考 え方。例えば,がんでもさらに特定の分野に特化したり,商店街の真ん中でプライマリーケアや定期健診を柱とする医院を開くケースなどが考えられる。
医師は,同じ症例の手術を繰り返すことによって腕が上がるし,同僚と共通の研究課題を持つことで,情報交換も容易になる。来院する患者の不安も似ているため,看護婦やカウンセラーの対応も手慣れてくる。そうしたことが複合して,患者の満足度が高くなるという。
米国の医療の多くは慈善団体や公共団体に担われ,奉仕的な発想が強く,さまざまな不合理がある。そこへ市場原理を導入する考えは日本でも学ぶ点が多い,と 岡部教授はみる。「医療はもっと,サービス面で競争していい。コンビニに客が集まる意味を考えるべきだ」と監訳に取り組んだ。
日本にそのまま当てはまる指摘もある。総合病院がめったに使わないのに購入している高価な医療機器。ある分野に特化して,使う回数を増やせば,採算が合いやすい。
例えば磁気共鳴診断装置(MRI)は,米国三千五百台に対し,日本は三千台。CTスキャンに至っては,米国の六千台を上回る一万台もある(一九九七年のデータ)。「もっと有効に活用できないのだろうか」と疑問を呈す。
岡部教授は「著者は,医師のベンチャー精神を奮い立たせようとしている。議論の材料になれば」と話している。
同書はシュプリンガー・フェアラーク東京刊,二五〇〇円。
中国新聞「本あれこれ」
「医療サービス市場の勝者」
「政府がもっと医療に力を入れるべき」「医療費の増大を迎えなければ…。」さまざまな声が聞かれる医療だが,政府に任せきりにしていいのだろうか。質のよ い医療サービスを消費者である市民が受けられるようシステムを改革していくには,「市場原理」がきちんと働かなければならない。
著者のレジナ・E・ヘルツリンガーはハーバード大経営大学院教授。「第三者支払いシステム」から,医療保険を個人が選ぶ「消費者直接支払方式」への転換など,大胆な提言をしている。アメリカでベストセラーとなった書を,広島国際大医療福祉学部の岡部陽二教授が監訳した。
シュプリンガー・フェアラーク東京・二五○○円。
週刊ダイヤモンド「エコノミスト読書日記」●2000/7/15
医療サービス市場の勝者
レジナ・E・ヘルツリンガー著
評者:日本総合研究所理事長 柿本寿明
ハーバード大学教授で医療経営論が専門の著者は,医療をサービス産業 の一つとして位置づけ,1980年代以降の米国企業の経営戦略を実証分析することによって,医療分野に市場原理と消費者主権を導入することを提唱してい る。具体的には,1.医療機関は規模の拡大や総合化を求めるのではなく,得意分野を絞り込め,2.病院経営にはベンチャー精神に富んだ医師とイノベーショ ンが不可欠,3.消費者(利用者)は低コストで良質の医療サービスを選択できるよう賢くなれ,と主張する。
我が国でも,医療制度改革が叫ばれて久しいが,医療を神聖視する伝統 的思考や既得権益の利益衝突によって,いまだに改革の基本方向さえ示せない状態にある。この際,本書の提言に沿って,市場原理の導入をテコとした抜本的改 革を真剣に検討してはどうか。医療関係者のみならず,経営者や消費者にも一読をすすめたい好著である。
文芸春秋 “新刊ダイジェスト”
「医療サービス市場の勝者」 レジナ・E・ヘルツリンガー
「あらゆる商品が電話一本で買える時代に,病気を診てもらうのに仕事を半日も休まなければならないのはなぜか」。医療に市場とサービスの概念を持ち込むことで改善される点は多い。本書は,米国で成功した例を挙げ,消費者主導の医療システムを提言する。
(シュプリンガー・フェアラーク東京 2500円)
「国際金融」誌書評 (1047号 平成12年6月15日)
医療サービス市場の勝者
米国の医療サービス変革に学ぶ
評者:阪南大学流通学部教授 櫻井公人
本書はハーバード経営大学院教授による医療システム改革論であり,同時に医療機関のため の経営論でもある。アメリカでは医療費抑制のために保険制度として「マネイジド・ケア」が導入された。患者は医療保険組合であるHMOに保険料を支払い, 治療内容はHMOの許可なしに医師だけで決定できない。過剰医療は解消したものの,今度は医療の質低下への懸念と患者の選択権の制度という問題が浮上し た。著者は,医療サービスの消費者である患者のニーズに沿うような制度と,医療機関運営とを提案する。患者は,自分のからだを自分でコントロールしている という感覚の回復が目標なのだから,そのための自助努力への適切な支援と,さらには持ち時間の短縮といった利便性とを求めている。他の分野で消費者からの 同様な要求に応えた企業は大成功を収めた。医療分野だけが特殊なはずはなく,「専門性」の壁を取り払うことが求められる。
著者の参照する他分野の事例だけとっても,経営書としての主張が鮮明である。単なるダウ ンサイジングやコングロマリット化は戒められ,焦点を定めた絞り込みが提唱される。とかく給付を拒みたがるダウンサイジング型のHMOなら,何のための医 療保険か。無定見な大型化や総合病院化は資源利用の非効率化を生み,革新的医療技術の利用を阻む。それに対して,ヘルニア治療やガン治療に特化する専門病 院では,低コスト化で一貫したサービスが可能になる(その信頼性,明確な基準のモデルはマクドナルドである)。だが,その低コスト化が競争力の乏しい他の 開業医に打撃を与え,HMOもそれを望まない。医療費の削減,人々の健康改善,そしてアメリカ経済の生産性上昇につながるような制度は,政府や保険会社と いった第三者でなく消費者による判断を基礎にしてはじめて可能なのである。
評者が検査入院中のベッドの上で書いているからだろうか,消費者の主導する「市場化」が 医療サービス市場に必要だとする著者の主張には説得力がある。P・ドラッカーは病院,学校,自治体を「非営利組織の経営」として語ったが,著者は成功した 他の営利企業に倣うことができるとした点で対照的である。「市場化」はどこまで可能と見るべきなのか。本書の戦略が妥当する局面を限られることはないの か。高齢化時代を迎え,医療と保険を巡る制度デザインは,財政ばかりか,為替相場や競争力にさえ影響しうる。本書によりつつ,医療と保険に限らず日本にお ける制度デザイン全般への手がかりともしたいところである。
大阪工大摂南大学「学園新報」2000年(平成12年)6月10日(土)
医療サービス市場の勝者
広国大教授 岡部陽二監訳
レジナ・E・ヘルツリンガー著
竹田悦子訳
医学分野では世界のトップレベルにある米国でも,医療システムが抱え る矛盾は深刻である。制度の問題点を論じる場合でも,必ずと言ってよいほど政府の責任が取りざたされるが,本書は問題解決の鍵を握るフは消費者と医療機関 で成り立つ市場そのものにあると説く。製造業やサービス産業を一変させたフォーカスド・ファクトリー(得意な専門分野に焦点を絞り込んだ製造・供給体制) の手法などを紹介し,経営の在り方によって医療サービス産業も変革できると提言している。
原著は出版以来二年間にわたり時事問題書籍のベストセラーとなり,全 米医療経営者育成協会から最優秀書籍賞を贈られるなど大きな反響を呼んだ。邦訳版は専門書にありがちな堅苦しい筆致ではなく,ノンフィクション風で読みや すくなっている。これからのわが国の医療改革と経営を考える上で貴重な指針となり得る一冊。
四六判,四二三頁。(シュプリンガー・フェアラーク東京 二,六二五円)
日本香港協会ニュース「飛龍」NO.36 2000年7月発行
医療サービス市場の勝メ
-米国の医療サービス変革に学ぶ-
R.E.ヘルツリンガー[著]
岡部陽二[監訳] 竹田悦子[訳]
四六判上製・450頁 本体価格2,500円
「サービス」と「市場」をキーワードに,日本の医療にメスを入れる1冊。
誰が医療サービス革命の勝者となり,敗者となるか?その鍵を握ってい るのは,政府でもなく,医療保険でもない。消費者と医療機関で成り立つ市場そのものである。製造業やサービス産業を一変させたフォーカスド・ファクトリー などの経営手法を導入す黷ホ,医療サービス産業も変革できると提言。米国では,出版以来二年間にわたって時事問題書籍のベストセラーとなり,全米医療経営 者育成協会から年間最優秀書籍賞を贈られるなど大きな反響を呼んだ。これからの日本の医療改革と企業経営を考える上で,貴重な指針となるバイブルの邦訳 版。
VISA「快適生活Magazine」2000年9月号
「医療サービス市場の勝者」
レジナ・E・ヘルツリンガー著
竹田悦子 訳 岡部陽二 監訳
2,500円 シュプリンガーフェアラーク東京
アメリカでは出版以来2年間にわたって時事問題書籍のベストセラーとなり,全米医療経営者育成協会の年間優秀書籍賞も受賞した注目の1冊。「医療サービス 革命の勝者,敗者を分ける鍵を握るのは,政府でも医療保険でもない。消費者と医療機関で成り立つ市場そのものである。」と説き,アメリカの製造業やサービ ス産業を一変させたフォーカスド・ファクトリーなどの経営手法を導入すれば,医療サービス産業も変革できると提案。医療制度,保健制度の改革が俎上に上が ることの多い現代日本社会において,貴重な指針となる医療サービス業のバイブル。
(株)パーソナルブレーン発行 「トップポイント」2000年9月号
「医療サービス市場の勝者」
レジナ・E・ヘルツリンガー著 (ハーバード大学経営大学院教授)
発売元/シュプリンガー・フェアラーク東京
発行日/2000年4月19日 本体価格/2,500円
相変わらずひどい医療ミスが続いている。アメリカでも同様で,患者不在の治療が行われている。本書は「マクドナルドでは毎日,世界中の店で完璧にフライ ドポテトを売ることができるのに,なぜ病院は腎臓摘出で左右を間違えるのか?」と疑問を投げかけながら,アメリカの医療機関の実態を明らかにするととも に,患者=消費者の視点から,どのように医療サービスを改革していけばよいのかを考える。
他の産業では常に,顧客ニーズを満たす努力がなされている。そして,サービスの質を上げ,コストを下げ,患者の満足度を高めることに成功している。しかし医療機関は例外である。
患者は長時間待たされ,情報も公開されず,手術ミスの危険にさらされ,法外な治療費が要求される。そこには,「サービス」という視点が全くない。
医療関係者はこれまでから「医療は特殊だ」と公言し,他の産業との同列の議論を避けてきた。しかし,本当に医療は特殊なのか?他のサービス業や製造業から学ぶことはないのか?
著者は一般の経営戦略を医療機関にも導入し,病気に悩む患者のニーズに応える「医療フォーカスド・ファクトリー」を提唱する。そこでは勤務時間の前後に,職場や自宅近くの便利な場所にある専門医や医療機器の完備した施設において,専門化された治療がなされるのである。
日経ビジネス10月16日号「新刊の森」
「医療サービス市場の勝者」
レジナ・E・ヘルツリンガー著
シュプリンガー・フェアラーク東京
2500円(税抜き)
医療制度改革も市場主導で
医療の現状を憂慮する関係者,ビジネススクールの切れ味が世の中のどこまで届くか知りたい経営者,そして米国今日の繁栄の裏に,どれほど多様な現状改革の営みがあったか知りたい一般読者のどの層にも面白く読める。
著者はハーバードビジネススクールで,女性では最初の終身専任教授となった人。医療・非営利団体論を専門とする。「市場主導の医療」という原題(この方が 内容をよく伝えていた)で1997年に出たこの本は,医療経営者協会の年度賞を受賞したのみならず経営各紙でも賞賛を受けた。
本書に対し米国では一部に「事例のみあって解決策なし」と批判があるが,豊富な事例はそれだけで興趣を誘う。門外漢にもページをめくれるゆえんだ。その伝 えるところ,医療に関して信頼できる情報が足りないことはもちろん,切除すべき腎臓の左右を間違えるていの医療護身すら実は米国でも頻発している。しかし 問題解決のカギを思い切ってハンバーガーチェーンなどの民間企業が選んだ単品絞り込み戦略に求め,お上頼りにしない。だから「市場主導」の改革である。
米国復活の裏にある実利主義の健康さを印象づける。訳。解説とも懇切。
連合総研レポート No.143 「書評 BOOK REVIEW 1」
医療サービス市場の勝者
レジナ・E・ヘルツリンガー著
マサチューセッツ工科大学経済学部卒業。ハーバード大学経営大学院にて博士号取得。1965年~1972年政府機関,コンサルタント会社勤務。1971年~現在ハーバード大学経営大学院教授。専攻は医療経営論,非営利企業論,経営工学論。
「ほとんどあらゆる商品が,深夜でも電話一本で買える時代に,ちょっとした病気を診てもらうのに半日も仕事を休まなければならないのはなぜか?」「マクド ナルド社は毎日全米1.1万ヶ所以上にもおよぶ店舗で無数のフライド・ポテトを完璧に作っているが,病院では腎臓摘出や足の切断でも左右を間違えることが あるのはなぜか?」-本書は冒頭でこのような質問を投げかけ,さらに「私たちはシステムとして機能していないこの医療システムを甘んじて受け入れるしかな いのであろうか」と読者に問う。
米国人は,自国の医療について高い率で非常に満足している。それは,先進的な医療技術,選択の幅,患者の主導権,便利さといった患者の願いをよりよく満た しているからである。また,医師は看護婦に対する国民の尊敬度も高い。しかし,なにより医療費が高いと考えている。医師は儲けすぎで,病院は無駄だらけだ というのだ。
米国の医療界はこれまで二つの改革を進めてきた。ひとつはマネジドケア。医療保険機関が病院の治療をチェックするシステム(HMO)で米国の主流となって いるが,著者は「とにかくノーというダイエット」と批判してきた。患者が医療を選択する権利が制限され,政府が患者権利法を提出するまでになっている。も うひとつは統合である。これには病院間の水平統合-M&Aが極めて活発-と,病院とHMOの垂直統合がある。これも大きければ良いというものでなくうまく いっていない。
それではどうしたらよいか。著者のヘルツリンガー女史は,ハーバード大学経営大学院の教授である。「医療分野は,他の経済分野と異質なのであろうか」と問 いかけ,医療分野も「市場」であるとする。そして,経済業界の成功例を分析し,改革のカギは患者の利便性と自助努力にあると結論づけている。具体的には得 意分野に絞り込んだフォーカスト・ファクトリー方式の導入と,保険料の従業員への移転を提案しているが,これは読んでのお楽しみとしたい。
この本を読むと,米国で医療改革がいかに進んでいるか,それにもかかわらずいかに悩み多いことかよく理解できる。そして何よりも「患者の立場からわれわれ は何をすべきか」について多くのヒントを与えてくれる。本書は全米医療経営者協会から最優秀書籍賞を贈られているベストセラーであり,ノンフィクションの ように読みやすい。
(専務理事 野口敞也)
JAPAN CLIPPING TODAY, Vol.2 / No.3 (11月号) ジャパン・クリッピング 「文化」欄
「医療サービス市場の勝者」
レジナ・E・ヘルツリンガー (シュプリンガー・フェアラーク東京)
日本においても「医療費適正化」という名目で,米国の医療制度をモデルとした改革が行われようとしているが,本書はその米国の医療が抱える問題点を具体的に例示するとともに,他産業のマネジメント手法を導入することで,いかに問題点の解決が可能かを説明している。
本書の冒頭に掲げられている米国の医療制度への疑問点は辛らつだ。いわく,「ほとんどの商品が,深夜でも電話1本で買えるこの時代に,ちょっとした病気を 診てもらうのに半日も仕事を休まなければならないのはなぜか?」であるとか,「あるHMOでは,瀕死の女性患者に対して救命の見込みのある治療を拒絶しな がら,同じ年にそのHMOのトップが退職した時に,1800万hルもの退職一時金が支払われているのは,なぜか」といった具合だ。
著者のレジナ・E・ヘルツリンガー女氏は問題点を挙げるだけはなく,その解決のために,税制改革や社会保険制度の創設といった様々な提案をした後,消費者 がコントロールする保険の創設こそが最良の選択と結論づけている。こうした,具体的な提案や検証ができるのも,ハーバード大学経営大学院で教鞭を取る傍 ら,企業の社外重役や非営利団体の役員,さらにはベンチャービジネスにも参画しているという著者の幅広いキャリアにある。
米国医療の現状を知るためだけでなく,消費者(患者)にとって最も良い医療制度とは何かを考えさせられる一冊だ。
**この本の注文はインターネットでも可能。(http://www.springer-tokyo.co.jp/y-okabe.html)。
送料込み3000円。
日本医師会「日医ニュース」書評
医療サービス市場の勝者
レジナ・ヘルツリンガー著
著者は製造業やサービス業一般の経営戦略を,米国の医療サービス業界へも導入し て,脂肪を筋肉質に変えるリサイジングと的を絞り込んだ医療フォーカスド・ファクトリーを実現すべきと提唱している。。一方,九〇年代を通じて米国での医 療改革の主流となっている出し渋りを旨とするマネジドケアの手法には極めて批判的で,マネジドケアの考え方自体を切捨てご免で,「とにかくノーというダイ エット」として否定している。ただし,本書は病院経営を論じた堅苦しい専門書ではなく,ノンフィクション風の極めて読み易い作品となっている。
最終的に誰が医療サービス市場の勝者となり,敗者となるのか。その鍵を握っている のは政府でもなく,医療保険でもない。消費者(患者)と医療機関とで成立っている市場の機能が生かせるか否かである。ところが,米国においては,この市場 が医師ではない管理テクノクラートによって著しく歪められている。今こそ,医師がベンチャー精神をもって市場改革に取組み,医療サービスを効率的で無駄の ない事業に変革すべきと著者は熱っぽく医師の奮起を促している。
著者の主張は政府の施策にも反映され始め,本書は全米医療経営者協会から最優秀書籍賞を贈られている。その結果,原著は専門書としては例を見ない七万部を超えるベストセラーとして洛陽の紙価を高め,ペーパーバックにもなって引続き販売部数を伸ばしている。
わが国でも昨今,医療制度改革の柱として米国流のこのマネジドケアを採り入れるべ きとの主張と,逆に米国流のやり方はわが国にはそぐわないとの考え方が論議され始めたところである。この是非を論ずるにあたっても,医療サービスも市場原 理をフルに活用して効率化を図れば他のサービス業と何ら異なるところはないとする本書の基本的な考え方は,貴重な指針となろう。(著者はハーバード大学経 営大学院教授,監訳者,岡部陽二広島国際大学教授,訳者,竹田悦子)
定価 二,五〇〇円 + 税
発行 シュプリンガー・フェアラーク東京 ℡ 03‐3812‐0757
「広島県医師会速報」書評 2000年6月29日
医療サービス市場の勝者
レジナ・E・ヘルツリンガー著
評者:広島市医師会会長 碓井静照
誰が医療サービス革命の勝者となり,敗者となるか?-医療に携わるものにとっては,ドキリとする質問である。
レジナ・E・ヘルツリンガー氏は,著書「Market-Driven Health Care」の中で米国の医療サービスの変革について,その重要性を的確に表現。出版以来,2年間にわたって時事問題書籍のベストセラーとなり,全米医療経営者育成協会から年間最優秀書籍賞を贈られるという快挙を成し遂げている。
昨今,日本においても,医療改革の必要性が叫ばれている。2000年4月にスタートした介護保険制度,刻々と 変わりつつある医療保険制度,医療を取り巻く環境は大きく様変わりしようとしている。さらには高福祉,高負担の原則の普及-厚生省の発表によれば,98年 度に国民が支払った医療費はなんと30兆円に迫る勢いという。つまり消費者(患者)の負担費用が増加の一途を辿っているということだ。
払うものが増えるということは,そこに当然,不満が起こり,要求も大きくなる。これは,需要と供給のバランス を考えても,必然であろう。レジナ氏の言う通り,医療を行う側が患メ側に選ばれる時代に突入したのである。こうした動きを無視するのか,それともいち早く 顧客ニーズに焦点を絞り,他のあらゆる経済分野におけると同様の革新的医療機関を目指すのか,将来的に大きな差を生むに違いない。事実,米国の医療システムに,地殻変動が起こりつつあるという。
前述の通り,日本でも,医の倫理を失うことなく限られた財源の中で,より良い治療を模索することが求められつ つある。医療サービス革命は,そこまで迫ってきているのだ。誰が医療サービス革命の勝者となり,敗者となるのか。その鍵を握っているのは厚生省でもなけれ ば,医療保険でもない。消費者と医療機関で成り立つ市場そのものである。使いもしない余分な医療技術を抱えた焦点の定まらない多目的型の医療機関は,「医 療フォーカスド・ファクトリー」へと変わらなければならない。「とにかくノーという」「大きいことはよいことだ」という戦略はもう通用しない。コストダウ ンと医療の質の向上を同時に実現できる,贅肉を落とした筋肉質の医療経営システムことが必要なのである。
ことの重要性に着目し,レジナ氏の原曹L島国際大学・岡部陽二教授が監訳。「医療サービス市場の勝者」とし て,日本の医療関係者に,医療サービス革命の勝者への秘訣を伝授しようと試みられた。ページをめくり,章が変わるごとに,岡部教授の本書に取り組まれた英 知と,翻訳者の竹田悦子氏の翻訳力が伝わってくる良書である。本書は,政府に医療費のコントロールを任せてきたこれまでのやり方への反省と,今後の良質で 利便性のある医療サービスの提供の必要性を説いた貴重な指針となるであろう。
「広島市医師会だより」書評
医療サービス市場の勝者
レジナ・E・ヘルツリンガー著
岡部陽二監訳,竹田悦子訳
評者:広島市医師会会長 碓井静照
「医療はサービスである。これからの医療はプロとしての経営感覚が必要である。」こう考える人にとってバイブ ルともいえる423ページからなる邦訳版が出版された。赤い装幀をとると,純白の表紙に,「医療サービス市場の勝者」の赤い文字が背表紙を飾っている。原 文は英文でRegina Herzlnger著,「Market-Driver Health Care」。1997年,米国で出版されて以来,二年間に互って時事問題書籍のベストセラーになり,全米医療経営者協会から年間最優秀書籍賞を贈られただ けあって全文を通して医療に取り組む理念,経営理念がいぶし銀のように光る。
刻々とせまる医療改革。我が国でも高福祉,高負担の原則が普及し,患者に選ばれる病院,施設でないと存続でき ないし,透明性のある診療,経営内容が求められてきている。医の倫理を失うことなく限られた財源の中でよりよい治療を模索することが求められている。医療 サービス革命はそこまでせまってきているのだ。誰が医療サービス革命の勝者となり,敗者となるのか。その鍵を握っているのは厚生省でもなく,医療保険でも ない。消費者と医療機関で成り立つ市場そのものである。使いもしない余分な医療技術を抱えた焦点の定まらない多目的型の医療機関は変身しなくては「けな い。コストダウンと医療の質の向上に役立つ医療技術を備えた筋肉質の,目的を絞った効率の良い経営システムに今すぐ替えなくてはならない。著者は主張す る。「とにかくノーと云おう」「脂肪は筋肉質に変えよう」「消費者がコントロールする医療保険システムのルールをつくろう」。
ページをめくり,章が変わるごとに監訳者の広島国際大学岡部陽二教授の本著に取り組まれた英知と,翻訳者の竹 田悦子氏のさわやかな訳が読者を魅了する良書である。本書は患者,消費者でない政府に医療費のコントロールを任せたことへの反省と良質で利便性のあるサー ビスを提供していくもっとも新しい導入書である。
「Pharmavision」誌紹介 VOL.4 NO.6 JUNE 2000
こんな本をおすすめします! 「医療サービス市場の勝者」
消費者は医療システムに何を望んでいるか,その声に応えるにはどうしたらよいかという問いに答えた経営書。経 営のあり方によって医療システムがどれだけ変わるかを説いている。米国では2年間にわたり時事問題書籍のベストセラーリストに名を連ね,全米医療経営者育 成協会から年間最優秀書籍賞を受賞。
「消費者が望むもの-利便性と自助能力」「医療費支払人の求めるもの-医療の質と低コスト」「有効な方策-医療フォーカスド・ファクトリーと医療技術」「いかにして医療システム改革を実現するか」の4章からなる。
ヘルスリサーチニュース Vol.24 2000年7月 「推薦図書」
医療サービス市場の勝者
-米国の医療サービス変革に学ぶ-
著者: レジナ・E・ヘルツリンガー
ハーバード大学経営大学院教授 (専門:医療経営論,非営利企業論,経営工学論)
監訳者: 岡部 陽二
住友銀行専務取締役,明光証券会長を経て,現在広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授
訳者: 竹田 悦子
〒651-1332 神戸市北区唐櫃台
電話&FAX 078-982-2531
発行所: シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社東京都文京区本郷3丁目3番13号
電話 (03)3812-0757 (営業直通)
定価: 本体2,500円+税
●病院経営を論じた堅苦しい専門書ではなく,ノンフィクション風の読みやすい作品。●
70年代後半から始まった米国の製造業とサービス業の復活,生産性向 上へ向けての企業戦略を多くのケース・スタディーに基づいて調査・分析し,この手法を,80年代後半から改革を目指して動き出した米国の医療サービス業会 にも導入して,「脂肪を筋肉質に変えるリサイジング」と「的を絞り込んだ医療フォーカスド・ファクトリーの実現」を提唱している。
一方,その後90年代を通じて米国での医療改革の主流となった,出し渋りを旨とするマネジド・ケアの手法には極めて批判的で,マネジド・ケアの考え方自体を否定している。
本書の結論として提唱しているのは,企業などが従業員に変わって医療 保険を掛ける「第三者支払システム」を改めて,企業負担の保険料をそのまま従業員に支払い,個人の責任で自分に最も適した医療保険を選択出来るようにする べきであるという「消費者直接支払方式」への転換である。
わが国でも昨今,医療制度改革の柱として米国流のマネジド・ケアを採 り入れるべきとの主張と,逆に米国流のやり方はわが国にはそぐわないとの考え方が議論され始めたが,この是非を論ずるに当たっても,医療サービスも市場原 理をフルに活用して効率化を図れば他のサービス業と何ら異なるところはないとする本書の基本的な考え方は,貴重な指針となると思われる。
また著者は医療機関の経営には医師のベンチャー精神が不可欠としており,本書は全米医療経営者協会から最優秀書籍賞を贈られている。
"HEALTHRESEARCHNEWS Vol.24"
医療タイムス No.1482 2000年7月17日
「医療サービス市場の勝者
Market-Driven Health Care」
レジナ・E・ヘルツリンガー著/岡部陽二・監訳/竹田悦子・訳
シュプリンガー・フェアラーク東京(株)
(TEL 03-3812-0757,http://www.springer-tokyo.co.jp/)
四六判上製 423頁/本体価格2500円(税別)/2000年4月発行
誰が医療サービス改革の勝者となり,敗者となるか?その鍵を握っているのは,政府でもなく,医療保険でもない。消費者と医療機関で成り立つ市場そのものである。米国で出版以来2年間にわたって時事問題書籍のベストセラーと なり,全米医療経営者育成協会から年間最優秀書籍賞を贈られるなど大きな反響を呼んだ書の邦訳版。これからの日本の医療改革と企業経営を考える上で貴重な 指針となるバイブル。
(ISBN:4431708758)
Monthly IHEP 医療経済研究機構レター No.78 2000年7月
発行:医療経済研究機構
Health vs Wealth (4)
-医療は最大のサービス産業-
評者:医療経済研究機構 専務理事 上條 俊昭
-米国のベストセラーの紹介-
ハーバード大学ビジネススクール教授のレジナ・E・ヘルツリンガー博 士(Dr.Regina E Herzlinger)のベストセラー「Market driven health care:who wins, who loses in the transformation of America's largest Service Industry」の翻訳本が世に出た。日本語の題名は医療サービス市場の勝者。監訳者岡部陽二,訳者竹田悦子となっているが,岡部さんと竹田さんお二人 の文字通りの共同作業による労作である。
ヘルツリンガー教授は,邦訳版の序文の冒頭で次のように述べている。
「医療システムの問題を論じる場では必ずと言ってよいほど,(政府が~すべきだ)という表現が見られる。〈中略〉だが,私の見るところ,こうした問題解 決の鍵を握るのは政府ではなく,消費者と医療機関である。最も効果的にコストを抑え,サービスの質を高められるものは医療サービスの供給者である医療機関 である。また,消費者の求める低コスト,良質の医療サービス,利便性を医療機関が提供し得たかどうかを最も的確に判断できるのは,消費者自身である。」
また,原著の序文に次のように記述がある。
「現在米国の医療システムを深く蝕んでいる問題を解決する力が,市場にはあるということを訴えたいからである。ここでいう市場とは,マネジドケアなどで はなく,他のあらゆる経済分野におけると同様,消費者と供給者が作り上げる偉大な生命体としての真の市場を意味している。ちょうど市場の力によって,いっ たん溺死の状況に陥って回復の望みを絶たれたと思われた米国の製造業が息を吹き返し,世界一流のサービス産業とハイテク企業が生み出されたように,医療分 野においても,米国人が喜んで支払う価格でのサービス提供を可能にする力が市場には備わっている。しかも,それは唯一市場にのみ備わった力なのである」
現在の日本では,医療サービス制度(医療保険制度)改革のためのホットな議論がスタートしたところである。時節柄本書は日本の読者にも,大変示唆に富んだ本のように思える。
医療保険制度改革のテーマは非常に重要な問題なので後日章を改めて私の見解を述べてみたい。ここで注目していただきたいのは,Largest Service Industryという言葉の意味である。この言葉がHealth Care Industryを指していることは明白であろう。
社会医療研究所「社会医療ニュース」 Vol.15 No.300 2000年7月15日
医療システムのマネジメント
評者:国立医療・病院管理研究所 医療経済研究部部長 小山秀夫
ハーバード大学経営大学院教授R.E.ヘルツリンガー著,岡部監訳, 竹田訳(シュプリンガー・フェアラーク東京03-3812-0757)「医療サービス市場の勝者」を読んだ。その中で「私たちはシステムとして機能してい ないこの医療システムを甘んじて受け入れるしかないのであろうか」という強烈なメッセージがあった。
連日の医療事故関係の報道にショックを受けているものにとっては,な ぜか新鮮に感じる。いまさらながらシステム(System)という外来語が,これほどまでに市民権を得たのは,意味が多義多様で,適切な訳語がみあたらな かったからだろうと思う。ただ一言でいえば「混沌(カオス)の対話」と言うしかないのであろうか。
私は,「システムとは,多くの要素が一つに組織され,その各要素が一 定の目的の下に統一され,要素と全体とが必然的関係を有するものであり,各構成要素はシステムの中で影響し合い,システムの状態はその構成要素が少し欠け たり変化しただけで変化を起こす」と考えている。たとえば,からくり人形のひとつの部品が壊れることによって,動き方が変化し最悪全く動かなくなるよう に,システムを維持することも,それを設計することも,そして改良することにも,多大のエネルギーが必要である。
システム工学関係の本には,システムの要素として1.全体としての目 的を持っている,2.複数の構成要素から形成される,3.各構成要素は,互いに関連性をもち,定められた機能をはたす,4.単に状態として存在するのでは なく,時間的な流れを持っている,5.一定の環境で適応している,と書いてある。 医療は,かなり複雑なシステムである人間を対象とした総合科学である が,どうもシステム工学と剥離し発展してきたように思う。しかし,近年の医療技術や医療の提供場所である病院のマネジメントに,大量のシステム工学や経営 工学の知見が採り入れられるようになった。例えば,オーダリングシステム,クリティカルパス,SPD(物流管理システム),リスクマネジメント,EBMな どは,少なくともシステム工学の考え方そのものであろう。
私が,医療の現場をみる限り,新しいシステムの導入が容易に進まな かったり,システム化に難色を示す専門職が少なくなかったり,システム自体を開発する努力が軽視されていると思う。このようなことは,きわめてまれで医療 そのものの特殊性と医療組織を構成する人々のシステムに対する理解不足が原因であるように思う。
システムの構成,維持,改良自体は,膨大な作業量が必要である。それ ゆえ,一度構成され,使用されたシステムは,それ自体が自己保存的で,保守的なものである。誰でも慣れ親しんだシステムに愛着を感じ,自らに都合のよいよ うに改変してしまうことが少なくないが,「システムの状態はその構成要素が少し欠けたり変化したりするするだけで変化を起こす」のであるから,勝手な変更 やルール違反はシステム全体を不全な状態にしてしまうのである。医療現場は,このことを再認識し,システムと使用ルールを再検討する必要があると思う。
「病院 9月号」書評と紹介
Low cost, high quality の医療の実践
「医療フォーカスド・ファクトリー」
評者 村田恒有
レジナ・E・ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳 竹田悦子訳
「医療サービス市場の勝者」-米国の医療サービス変革に学ぶ
シュプリンガー・フェアラーク東京
2000年刊 四六版 424頁 定価(本体2,500円+税)
そごうは,債権放棄による再建案を断念し,民事再生法を自主的に受け入れて,事実上倒産した。また,ルぼ同じ時期,雪印乳業の製品による集団食中毒に始 まった事件は,ずさんな衛生管理に対しての社会的批判と,それに続く不買運動の結果,全牛乳工場の一時的な閉鎖という事態に発展した。こうした出来事は, 「市場が経済システムを動かす」ことが,日本でも現実のものであるということを実感させた。そして,近い将来,市場が医療システムを変える可能性をも予感 させた。
本書は医療サービスの利用者,医療費の支払い人に対して,医療システムの改革に参加することを呼び掛けている。と同時に,医療提供者に対しては,市場の要求を敏感に感じ取り,それに従いシステムの改革をすべきであると主張する。
私たち医療従事者は普段,病院で医療分野は他の経済分野と異なると考え,特異性を殊更に強調し,「病院経営は難しい」と言い訳をしていないだろうか?著者 は,低迷していたアメリカの競争力を劇的に蘇らせた製造業,サービス業などを詳細に検討し,医療もまた,これから多くの学ぶべきものがあると述べる。そこ で大切な視点は,技術に加え,顧客重視,便利,親切,適切な価格,豊富な情報,利用しやすい医療の提供,等々である。市場は「利便性」を求めるものである が,消費者はそれ以上にu自助能力」を備えるべきであるとする。この「自助能力」はmastery の日本語訳であり,「消費者の力」ともいえる。医療の消費者は自己の健康増進や病気の治療のためにもっと勉強,調査し,より良い医療サービスを選ぶ努力を すべきである,といった意味である。
また,病院の生産性向上の選択肢として,通常,私たちは「とにかくノーである。」という "ダウンサイジング"を,あるいは「大きいことは良いことだ」という"アップサイジング"を考えがちだが,著者は「脂肪を筋肉質に変える」"リサイジング "を提案している。その中身は,「とにかく得意分野にしぼりこめ」,「統合するなら縦より横に」,「医療の質を向上させ,同時にコストを下げる」といった 内容から成る"医療フォーカスド・ファクトリー",そして技術革新である。
日本では,医療を取り巻く規制と護送船団方式は限界にきている。消費者より生産者(=病院)が優遇される時代に終止符が打たれるはずである。グローバル・ スタンダードな医療を提供し,顧客を大切にする,それが21世紀であろう。病院の経営者,さらに医療に携わる者は,ぜひとも一読して欲しい。そして自らを 変えていくべきである。
(むらた つねあり 山形県庄内余目病院院長:〒999-7700 山形県東田川郡余目町松陽1-1-1)
「日本薬剤師会雑誌 Vol.52」
「医療サービス市場の勝者」
レジナ・E・ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳 竹田悦子訳
(A5版/450頁/2,500円+税/シュプリンガー・フェアラーク東京/Tel:03-3812-0757)
時代の変化と,消費者のニーズに応えて,これからの医療サービスはどのように大改革されるだろうか。著者は製造業やサービス産業を一変させたフォーカス ド・ファクトリーなどの経営手法を導入すべき,と提言している。フォーカスド・ファクトリーとは,大改革を単にリストラなどに頼るのではなく,医療機関で いえば,既存の総合病院をまず専門の分野に絞った専門病院に変身させるなど質から変えるべきと述べている。
本書は四部からなっており,まず,第一部では,現ン,医療システムの大半は旧態依然として利用者ニーズをあまり顧みていない状況であったが,その改善につ いて,医療以外の他業種で成功している例と比較してその対処法を提唱している。第二部では,医療システムが医師のみに委ねられてきた治療内容を,医療保険 機関などが管理して質の改善とともに医療費を見直し縮小化し,3つの教訓をあげてこれを検討すべきと述べている。さらに第三部では,そのための有効な方策 として,二つの企業から学んだフォーカスド・ファクトリーと,医療技術の改善により再生を果たした事例を分析して,その過程を説明している。そしてまとめ として第四部では,これらを踏まえ,医療システムの改革に必要な手掛かりをどのように得るか議論している。
著者は工科系大学を終え,経営関係の大学院を終了された専門家で,医療経営論,非営利団体論などを専攻された経歴がある。さすがに専門の分野であるだけ に,医療経営の在り方について,難しい提言を非常にわかり易く書かれており,医療に直接タッチしていない著者の目からみたものだけに興味がふかい。薬剤師 に関連する記事が少ないのが気になるが,それであっても薬剤師の服薬指導の重要性がよく理解できる。薬剤師のァ場で,近い将来の医療の在り方を考えるの に,ぜひ一読をお薦めしたい書籍と思う。
(日本薬剤師会相談役 吉本與一)
医薬ジャーナル:11月号 Monthly Press 新刊書
『医療サービス市場の勝者』
レジナ・E・ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳/竹田悦子訳
誰が医療サービス革命の勝者となり,また敗者となるのか?この鍵を握るのは,実は患者である消費者自身と医療機関で成り立つ市場 そのものである-という観点から,今後は製造業やサービス産業を一変させたフォーカスト・ファクトリーなどの経営手法を導入すれば,医療サービス産業は変 革できると提言した一冊。
本書は米国では出版以来,2年間にわたって時事問題部門の書籍のベストセラーとなり,全米医療経営者育成協会から年間最優秀書籍賞を送られるなど,大き な反響を呼んだもの。「...コストダウンと医療の質の向上に役立つ医療技術のみを備えた効率経営システムに作り替える」方法を説く本書は,これからの日 本の医療改革と企業経営を考える上で貴重な指針となろう。
A5判,423頁,定価2,500円(税別),シュプリンガー・フェアラーク東京刊
メディカル朝日: 2001年1月号 BOOKS PICKUP
医療サービス市場の勝者
-米国の医療サービス変革に学ぶ
レジナ・E・ヘルツリンガー(ハーバード大学経営大学院教授)著
岡部陽二(広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授)監訳
シュプリンガー・フェアラーク東京
03-3812-0757 (2500円+税)
本書には医療におけるサービスの質を上げ,コストを下げ,患者の満足を高めることが同時に達成できる方程式の解が実証的に明解に書かれている。その解は,「市場にある」というのである。
本書は岡部陽二氏の監訳によるものだが,原著名はMarket Driven Health Care, Who Wins Who Loses in the Transformation of America's Largest Service Industry である。原著者のレジナ・E・ヘルツリンガーはマサチューセッツ工科大学経済学部で学び,現在はハーバード大学経営大学院教授である。
米国のみでなく,日本においてもマネジドケア(管理医療)への批判が高まるなか,こと日本では,政府の規制改革委員会において,営利法人の医療への参入可 否を巡る論争が始まっている。またここ数年,ようやくわが国でも「医療はサービス」だといわれるようにもなってきた。しかし,おかしなことに日本の医療界 では,「市場」を受け入れない市場となっているかのごとき市場談義が繰り広げられている。
そのような論議に一石を投じようとしているのが,本書である。というより,冷静になって今の日本の医療を見たとき,この本書の中に書かれた内容のほとんどが,すべて日本の問題であるから面白い。
著者は,「現在米国の医療システムを深くむしばんでいる問題を解決する力が市場にはある」という前提に立ち,「ここに挙げた教訓は,ひとり米国のみに当て はまるものではない。こうした教訓を育んだのは,日本をはじめとする世界的な潮流であり,国境を越えた新世代の消費者である」という。これは邦訳版の序文 の中での日本人へのメッZージである。口では患者本位とのたまう日本の医療従事者たちへの警告ともとれる。
本書からは,市場の働きという真の意味が何であるかをうかがい知ることができるだけでなく,これからの日本の医療システムの改革の道しるべをも示してくれている。
岩﨑 榮(日本病院管理学会理事長)医療情報誌 Schneller(シュネラー)第41号:書籍紹介
医療サービス市場の勝者
レジナ・E・ヘルツリンガー
岡部陽二 監訳 竹田悦子 訳
シュプリンガー・フェアラーク東京
2000年4月19日 定価(本体2,500円+税)
四六版・423頁
誰が医療サービス革命の勝者となり,敗者となるのでしょうか?
その鍵を握っているのは,政府でもなく,医療保険でもありません。消費者と医療機関で成立つ市場そのものなのです。著者は製造業やサービス産業を一変さ せたフォーカスド・ファNトリーなどの経営手法を導入すれば,医療サービス産業も変革できると提言しています。すなわち,使いもしない余分な医療技術を抱 えた,焦点の定まらない多目的型の医療機関を変身させ,コストダウンと医療の質の向上に役立つ医療技術のみを備えた,筋肉質の目的を絞った効率経営システ ムに造り替える必要を説いています。
「ほとんどあらゆる商品が,深夜でも電話一本で買えるこの時代に,ちょっとした病気をみてもらうのに半日も休まなければならないのはなぜか?」など冒頭の言葉に本書の内容が集約されています。
米国では出版以来二年間にわたって時事問題書籍のベストセラーとなり,7 万部の売り上げを記録,全米医療経営者育成協会から年間最優秀書籍賞を贈られるなど大きな反響を呼びました。これは本書が幾多のケース・スタディーに基づ いて構築されており,ノンフィクション風の読みやすい啓蒙書となっている点が高く評価されたものと考えられます。したがいまして,本書は医師・薬剤師など 医療関係者だけでなく,医療システム改革に関心をお持ちの皆様方にご一読いただく価値のある良書と確信しております。
ジュンク堂書評誌「書標」訳書を語る---ヘルツリンガーと「医療サービス市場の勝者」
訳書を語る――
ヘルツリンガーと「医療サービス市場の勝者」
広島国際大学教授 岡部 陽二
ハーバード大学経営大学院の女性教授,レジナ・E・ヘルツリンガー先 生は,風貌はチャーミングで柔和ながら,とにかくエネルギッシュな行動派の先生である。一年中,講演などで全米各地を飛び回っているだけでなく,メーカー など十数社の社外役員や医療団体の理事・アドバイザーなどを務め,夫君が立ち上げたベンチャー企業の経営にも参画している。本書はこうした現場経験から得 られた百件を超すケース・スタディに基づいて構築されているだけに,実践的な政策論でありながら,ノンフィクションのように面白い。
医療サービス市場において誰が勝者となり,敗者となるのか。その答え を得るために,マクドナルド,ウォールマート,トラクター・メーカーのジョン・ディア社などの成功要因を徹底的に分析し,失敗例についてもその原因を追及 したうえで,病院など医療機関の経営もこれらの一般企業と何ら異なるものでないと説いている。事業内容や目標の絞り込みも重要ではあるが,成功の鍵は人 事・訓練・施設の設計などオペレーション・システムの細部に宿るという具体的な指摘には説得力がある。
米国の医療経済論は,医療費の高騰を抑制するために,これまで医師の 裁量に委ねられてきた治療行為を医療保険機関がチェックして管理すべしとのマネジドケア論が中心で,その管理手法を高度化することに主眼が置かれてきた。 これに対し,著者はマネジドケアは「とにかくノーというダイエット」と切り捨て,マネジドケアの強化によってもたらされた医療の質の低下と管理コストの無 駄の方がはるかに大きいことを実証している。医療の質の低下についても,有能な医師や医療スタッフを非難しても始まらない。問題の所在は,コントロール・ システムが有効に機能していないか,多くはシステム自体の不在にあると手厳しい。
そこで,著者は病院が「脂肪を筋肉質に変えるダイエット」を実行し て,ベンチャー精神をもって得意とする専門分野に特化すべきと主張している。そうすれば,専門分野に特化した医療フォーカスト・ファクトリーと患者との直 接交渉で市場原理を通じた医療の質と価格との均衡が図れると結論づけている。そのためには,病院側も患者の利便性を高める努力をしなければならないが,患 者も常日頃からもっとよく勉強して賢く強くならなければならない。
ここ一両年来,米国ではマネジドケア組織の破綻が相次ぎ,医療保険と 病院とを垂直統合した試みもすべて失敗するなど,過去二〇年近く一世を風靡してきたマネジドケア万能論は修正を迫られ,著者のマネジドケア批判論の正しさ が実証されている。政府もマネジドケアの桎梏から患者を保護するための「患者権利法」の成立を目指し,医療サービス業界でも得意分野に的を絞り込んだ フォーカスト・ファクトリーの方向を目指した動きが拡大し始めている。
わが国では病院は公私立を問わずすべて非営利が建前であるが,米国で も病院の九割は地方公共団体や教会・慈善団体などが所有する非営利法人である。今年一月にボストンで著者と話したところでは,医療サービスにおける非効率 や無駄の多くは,この非営利性に由来するところも大きいという。たとえば,営利企業であれば十年経っても償却できず,利益の出ない高額の医療機器を購入す ることはまずあり得ない。ところが,非営利法人は隣の病院が導入済みで,有能な医師を確保するために必要であれば,損得を無視して購入する。非営利の下で 市場原理を有効に働かせるにはどうすればよいのか,著者も頭を抱えている難しい問題のようである。
このような次第で,本書は二年間に亙って時事問題書籍のベストセラー となり,全米医療経営者育成協会から年間最優秀賞を得て,七万部を超えて販売部数を伸ばしている。医療サービス産業の本質は国を異にしても基本的には変わ らないので,わが国の経営者・消費者も本書から多くのヒントを掴んで頂きたい。
大阪工大摂南大学「学園新報」への寄稿「医療システムの国際比較」
医療サービス・システムの国際比較
広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授
岡部 陽二
子供の頃から何とはなしにラグビーは英国に古くからある荒々しいゲー ムで,サッカーは近代になって考案されたスマートなゲームだとばかり思い込んでいた。ところが,サッカーはルーツが中世に遡るゲームである一方,ラグビー はサッカーの試合中にウイリアム・エリスというラグビー校の一生徒が夢中のあまりボールを持って走り出したところ,それも結構面白いということで,一八二 三年に始まった比較的新しいスポーツである。この新しいルールのスポーツが誕生したラグビーの地名がそのままゲームの名称になった訳である。この事実を今 から二〇年ばかり前のロンドン在勤中に知ったので,早速夫婦でラグビー発祥のいわれを刻んだ石碑を見物に出掛けた。
その時,家内が路上でつまずいて額に怪我をするという事態が起きた。 幸いすぐ近くに大きな病院があり,駆け込んで手当てをして貰ったが,治療費をとってくれない。当時の英国では病院は国営,医療はすべて税金で賄われてお り,外国人を含め一切無料。したがって,病院に治療費支払窓口も存在しないのであった。これこそまさに,「揺りかごから墓場まで」国が面倒を看てくれる福 祉先進国のあるべき姿と感心して,日本からの来訪者にも吹聴したものである。
ところが,広島国際大学に職を奉じ,医療システムの国際比較を試みる 段になって,まず住み慣れた英国のナショナル・ヘルス・システムを調べてみると,これは私の思い違いであることが分かった。このシステムには問題点ばかり 目につき,反面教師としてはともかく,学ぶべき点は少ない。ことに,英国の入院順番待ちの長さは有名である。ブレアー首相は一昨年就任早々に入院待ち日数 が一八カ月を超える待機患者を零にすると公約したが,思惑通りには進まず,苦慮しているようである。
民営化で産業全般に亙っての活性化に驚異的な成功を収めた鉄の女サッ チャー首相は,全面的に税金で賄う国営の従前の配給制医療システムを温存したまま,民間の営利病院と医療保険の導入を自由化した。その結果,シティーで稼 ぎまくっている金融機関やハイテク企業が二重払いを承知のうえで保険料企業負担の医療保険に加入し,サービスのよい民間営利病院での受診が急増した。これ は一見成功に見えるが,すぐに手術をして貰える民間医療保険加入者と,重症でも後回しにする国営システムでしか受診できない人々との間の不公平感が拡大 し,由々しい社会問題に発展している。一方,米国に目を転じると,米国の医療費はべらぼうに高く,その原因は病院や医師の営利主義と,公的保険がないこと にあり,あまりわが国の参考にならないと一般には思われている。ところが,統計数字を拾ってみると,このような通説ヘ,いわば思い込みであって,客観的な 根拠はないことがすぐに分かる。むしろ,意外にわが国の医療システムと似通っており,学ぶべき点が極めて多い。
まず,一昨年末現在で米国に約六〇〇〇,わが国に約九二〇〇ある病院 の経営形態をみると,そのうち両国ともに三割弱を国公立が占めるが,残りの七割強のうち,米国では営利企業の所有は一割強で,残りの六割余はすべて教会や 慈善団体が経営し,税金も課せられない非営利法人である。これに対し,わが国ではそのほとんどが民間の経営で,非営利が建前であるものの,法人税が課せら れている。実体的には,どうも米国の病院の方が総じて非営利に徹している感が強い。
次に,医療保険では米国でも総人口の二五%を占める高齢者と低所得者 については,各々医療費全額を税金で賄うメディケアとメディケイドという制度が確立している。それ以外の国民については,保険料全額が企業や団体組織負担 の民間医療保険でカバーされており,個人負担は五%程度と低い。米国は民間保険主体ながら,約四千万人の無保険者を含めて焉A個人の負担は全体で精々二割 程度内に留まっている。一方,わが国の医療保険では公的負担が医療費全体の約三割,自己負担が一割強,残り六割は保険料で,これは企業等と個人の原則折半 負担になっている。すなわち,わが国の国民皆保険は公的保険と称されているものの,財源の四割強を個人が負担することによって支えられている。このような 国際比較を模索している矢先に,米国で二年前に出版されたハーバード大学院レジナ・E・ヘルツリンガー教授著の「医療サービス市場の勝者」が二年間続けて 七万部を超える売行きの時事問題書のベストセラーとなり,医療関係者以外でも広く一般の人々にも読まれていることを知った。著者の主張は,先入観を排した 客観的な根拠に基づいて従鹿仂w)斜暑uコ届淋壹\・◇聲竇就MS P明朝" lang="JA"> 本書は米国でも医療分野の生産性は低く,改革が遅れていることに警鐘を鳴らしており,わが国の医療制度改革を考えるうえにお いて大いに役立つ文献と考え,このほど私の監訳で出版に漕ぎつけた。予想に違わず,著者の主張するマネジドケア不要論や,「患者も強く賢くなれ」との自助論,さらには「神は細部に宿る」といった経営哲学に共鳴される読者も多く,大方の好評を博している。皆様方にもご一読願って,ご批判をお寄せ頂きたい。
日本証券経済クラブ「しょうけんくらぶ」誌への寄稿「医療サービス市場の勝者」
「医療サービス市場の勝者」
岡部陽二
このほど私の監訳でハーバード大学経営大学院のレジナ・ヘルツリンガー教授著「医療サー ビス市場の勝者―米国の医療サービス変革に学ぶ」を出版しました。一昨年四月,四十年間にわたる銀行・証券業界での実務生活に一応の終止符を打って,広島 国際大学医療福祉学部の教授に転身しました私にとって最初の課題は医療経営学科で担当する「国際経営論」の講義と演習のテーマを定めることでしたが,何を テーマにどんな内容を教えればよいのか,医療経営の世界は全く初めての私には焦点が定まらず,弱っておりました。そんな折にニューヨークでインベストメン ト・バンカーとして活躍している旧友の神谷秀樹さんが,この本の原著「マーケット・ドリブン・ヘルスケア」が米国では大変な人気で,よく売れていると言っ て,一冊進呈してくれました。
一読して見ますと,本書は病院経営を論じた堅苦しい専門書ではなく,ノンフィクション風 の至極読み易い作品で,論旨明快,経営一般の指南書としてもよく出来ています。早速この本を翻訳出版する決意をしましたが,医療経営といった分野は何とな く馴染みが薄く,一般人には関係がないといった誤った先入観から引受けてくれる大手の出版社はありませんでした。漸く大学時代の友人の平野皓正さんがシュ プリンガー・フェアラーク東京(株)社長を勤めていることに,はたと思い当たりました。何とかして欲しいと頼み込んだところ,二つ返事で即座に引受けてく れ,素晴らしく有能な共訳者の紹介までして頂きました。彼とは同期で二人とも銀行に就職,その後はすれ違いばかりで卒業以来会う機会がありませんでした が,第二の人生で闊ァって,素晴らしい出版プロジェクトが一つ実現した次第です。
まず,著者は七〇年代後半から始まった米国の製造業とサービス業の力強い復活,生産性向 上へ向けての企業戦略を数多くののケース・スタディーに基づいて余すところなく調査・分析しております。次いでこの戦略手法を,八〇年代後半からようやく 改革を目指して動き出した米国の医療サービス業界へも導入して,脂肪を筋肉質に変えるリサイジングと的を絞り込んだ医療フォーカスド・ファクトリーの実現 を提唱しています。わが国に比べると全般的に市場機能がうまく機能して進んでいると思われる米国でも,医療機関の生産性は低く,利便性の面でも見劣りがす るうえ,価格はべらぼうに高いとの指摘には驚きを禁じ得ません。一方,医療サービスのこの高価格を引下げるべく,その後九〇年代を通じて米国での医療改革 の主流となりました出し渋りを旨とするマネジドケアの手法には極めて批判的で,マネジドケアの考え方自体を切捨てご免で,「とにかくノーというダイエッ ト」として否定しております。
感心しましたもう一つフ視点は,医療サービスの供給者が消費者(患者)の利便性向上に努 力するだけでは不十分で,消費者自身が知識を蓄えて,医療においても消費者革命の旗手として自己主張すべしとの提唱です。医療経済の書物を繙きますと,必 ず「情報の非対称性」という言葉にでくわします。これは専門家の医師は病気についてよく知っているが,消費者は病気についての情報を持っていないので,対 等の取引関係は成立し得ないという状況を指しています。したがって,医療は消費者の自由な選択には馴染まず,時には政府の介入や規制によって,消費者は保 護されなければならないとの結論に導かれるのが通例です。著者の考え方はこれとは逆で,だからこそ消費者はもっともっと勉強して賢くなり,自分の目で確か めて,よい医療サービスを自ら選択しなければならないと力説しております。
では,最終的に誰が医療サービス市場の勝者となり,敗者となるのでしょうか。その鍵を 握っているのは政府でもなく,医療保険でもありません。消費者(患者)と医療機関とで成立っている市場の機能が生かせるか否かにかかっております。ところ が,米国においては,この市場が医師ではない管理テクノクラートによって著しく歪められていると著者は見ております。そこで,今こそ医師がベンチャー精神 をもって市場改革に取組み,医療サービスを効率的で無駄のない事業に変革すべきと熱っぽく医師の奮起を促している訳です。
著者が本書の結論の一つとして声高に提唱しておりますのは,企業などが従業員に代わって 医療保険を掛ける「第三者支払システム」を改めて,企業負担の保険料をそのまま従業員へ支払い,個人の責任で自分に最も適した医療保険を選択できるように すべきであるという「消費者直接支払方式」への転換論です。政府や産業界もこの改革提案の実現に向けて真剣に取組む兆しが見えており,これから一両年中に は米国の医療システムも大きく変貌するものと予想されます。このような次第で,原著は全米医療経営者協会から最優秀書籍賞を贈られ,専門書としては例を見 ない七万部を超えるベストセラーとして洛陽の紙価を高めております。
著者のヘルツリンガー女史はハーバード大学経営大学院では女性初の終身専任教授です。歯 切れのよい彼女の講義は有名教授が多いハーバードでも最も人気のある講座の一つに選ばれております。その一方で女史は医療関係だけではなく,トラクター・ メーカーのディア社など数社の社外重役,非営利団体の役員などを勤め,さらにベンチャー・ビジネスにも参画するなど一年中全米を飛び廻っている超多忙な スーパー・ウーマンです。また,共訳者の竹田悦子さんもエネルギシュな仕事振りに脱帽するしかない日本のスーパー・ウーマンです。彼女のお蔭で,地味な経 営書がすぐれて文学的香りの高い作品に仕上がりました。このお二人の女性パワーに大いに啓発されたのは,本書の翻訳を通じての大きな収穫でした。
わが国でも昨今,医療制度改革の柱として米国流のこのマネジドケアを採り入れるべきとの主張と,逆に米国流のやり方はわが国はそぐわないとの考え方が論議され始めました。この是非を論ずるに当りましても,医療サービスも市場原理をフル に活用して効率化を図れば他のサービス業と何ら異なるところはないとする本書の基本的な考え方は,わが国医療業界改革に当っての貴重な指針であるとの確信 を一段と深めておりまキ。「医療サービス市場の勝者」が医療関係者だけではなく,医療と経営に関心を持っておられる幅広い層の方々にお読み頂けることを切 望する次第です。
(個人会員,広島国際大学教授)
GE横河メディカルシステム「GE-TODAY」
医療サービス市場の勝者になるには
―アメリカの病院のとりくみ手法から学ぶ
広島国際大学教授 岡部 陽二
はじめに
このほど私の監訳で出版した「医療サービス市場の勝者」の原著"Market-Driven Health Care"は米国で2年間に亘って時事問題書籍のベストセラーとなり,7万部を超えて販売部数を伸ばしている。全米医療経営者育成協会からも年間最優秀賞 を贈られている。医療サービス産業の本質は国を異にしても基本的には変わらないので,わが国の医療機関経営に携わっておられる方々も本書から多くのヒント を掴んで頂き,経営管理の現場で役立てて頂きたいものと念願している。
ところで,ハーバード大学経営大学院の女性教授,レジナ・E・ヘルツリンガー先生は,風貌はチャーミングで柔和ながら,とにかくエネルギッシュな行動派の 先生である。一年中,講演などで全米各地を飛び回っているだけでなく,メーカーなど十数社の社外役員や医療団体の理事・アドバイザーなどを務め,夫君が立 ち上げたベンチャー企業の経営にも参画している。本書はこうした現場経験から得られた百件を超すケース・スタディに基づいて構築されているだけに,実践的 な政策論でありながら,ノンフィクションのように面白い。
医療サービス市場において誰が勝者となり,敗者となるのか。その答えを得るために,著者はマクドナルド,ウォールマート,トラクター・メーカーのジョン・ ディア社などの成功要因を徹底的に分析し,失敗例についてもその原因を追及したうえで,病院など医療機関の経営もこれらの一般企業と何ら異なるものでない と説いている。事業内容や目標の絞り込みも重要ではあるが,成功の鍵は人事・訓練・施設の設計などオペレーション・システムの細部に宿るという具体的な指 摘には説得力がある。
米国の医療経済論は,医療費の高騰を抑制するために,これまで医師の裁量に委ねられてきた治療行為を医療保険機関がチェックして管理すべしとのマネジドケ ア論が中心で,その管理手法を高度化することに主眼が置かれてきた。これに対し,著者はマネジドケアは「とにかくノーというダイエット」と切り捨て,マネ ジドケアの強化によってもたらされた医療の質の低下と管理コストの無駄の方がはるかに大きいことを実証している。ここ一両年来,米国ではマネジドケア組織 の破綻が相次ぎ,医療保険と病院とを垂直統合した試みもすべて失敗するなど,過去20年近く一世を風靡してきたマネジドケア万能論は修正を迫られ,著者の マネジドケア批判論の正しさが実証されている。
そこで,著者は病院は「脂肪を筋肉質に変えるダイエット」を実行して,ベンチャー精神をもって得意とする専門分野に特化すべきと主張している。そうすれ ば,専門分野に特化した医療フォーカスト・ファクトリーと患者との直接交渉で市場原理を通じた医療の質と価格との均衡が図れると結論づけている。そのため には,病院側も患者の利便性を高める努力をしなければならないが,患者も常日頃からもっとよく勉強して賢く強くならなければならない。本書は医療経営改革 の方向を幅広く提示しているが,以下の三点に絞って,概要のみご紹介したい。
医療技術や機器の進歩に対する適切な評価
米国の医療費が高いのは,諸外国より多くの高度医療技術と医療機器を持ち,それを国民がより多く利用しているからである。このような高度技術や設備が本当 に必要なものかどうか。米国の病床稼働率は常に6割を下回っているので,設備や機器の使い方に非効率はないかといった吟味は必要である。しかしながら,こ れらの投資が米国人の生活の質を押上げ,病気で仕事を休んだり,慢性病で苦しむ国民が減ることによる米国経済全体への寄与には計り知れないほど大きなもの がある。たとえば,米国における心臓手術の実施率は隣国カナダのおよそ3倍であるが,実態調査の結果でも米国の手術に不必要なものはなかった。カナダでは 手術待ち日数1~2カ月が7割を占めるに対し,米国では7日以内が7割を占めている。
最新医療技術や機器の開発は手術に伴う患者の痛みを和らげるだけではなく,医療コスト低減に寄与するケーXも多い。だが,それ以上に重要なのは多くの医療 技術が生活の質を高めてくれる事実である。たとえば,心臓発作を起こし開胸手術などを受けた米国人とカナダ人の追跡調査では,より少ない処置を受けたカナ ダ人の方が心臓の不調を訴え,機能の回復も遅かった。これはカナダ人だけの不幸ではなく,米国以外の世界には医療技術の不足による問題が溢れている。
医療の分野では新技術が新たな需要を喚起することは稀であるため,パソコンなどの電子機器のように技術の高度化が価格低下に結びつくことはなく,逆に医療 費を押上げるのはむしろ当然である。米国の国民医療費は対GDPで14.1%(1997年実績,わが国は7.3%)と先進24カ国中でも最も高いが,10 年後には19%にまで高まるものと推計されている。英国はこの時点では6.7%と最低であるが,ブレアー政権はこれを早期に9%まで高める政策を打出して いる。よりよい医療サービスを受けるには,それ相応のコストを支払うのは当然であり,問題はそのコスト負担のあり方に帰着する。本書でも医療費の無駄を減 らす方策は種々議論されているが,医療費全体が膨らむこと自体は,その国の学術や経済の先進性の結果と割り切った評価をしている。
わが国の医療保険制度においても新医療技術を正当に評価して加算する仕組みが不可欠であり,このことが医療の質向上のみならず,長期的には医療費支出の効率化にも貢献するとの認識が必要である。
症例数の集中化によるフォーカスト・ファクトリー型医療機関の必要性
フォーカスト・ファクトリー自体は従来のベルト・コンベアーで繋がれた広大な工場で多品種の製品を製造するのではなく,限られた範囲の製品や部品に絞り込 んで単一の小工場で一貫して生産する専門工場を意味する。これは日本やドイツとの大量生産競争に敗れた米国の製造業をいわば解体して,その一部を高収益企 業として復活させるための手法として開発された。本書では,農機具メーカーのディアー社の成功例が紹介されている。サービス業ではマクドナルド社の経営戦 略が提供商品のメニューを絞り込んだまさにフォーカスト・ファクトリー型である。
著者は医療分野においても,あらゆる疾病を対象とした総合病院の組織は破滅した重厚長大産業に近いとして,ディアー社やマクドナルド社に倣った癌とか心臓 病,足の病気といった特定の専門分野に特化した病院での集中処揩・している。その典型として,ヘルニア専門のショルダイス病院と癌専門のサリック・ヘ ルスケア・センターがヴィヴィッドに紹介されている。フォーカスト・ファクトリーの狙いは,経済的効率性の追及もさることながら,医療の質を向上させる効 果が大きいことに主眼が置かれている。フォーカスト・ファクトリーでは同じ種類の手術を多数手掛けることによって熟練度が上がり,手術の成功率が大巾に向 上するだけではない。癌のような難病には,癌細胞を切除するというだけではなく,付随して起こる病気への対応や精神面,環境面など多面的な配慮が必要であ るが,これをシステム的に解決するに相応しい組織がフォーカスト・ファクトリー型である。癌に関連したあらゆる分野の専門家を一カ所に集めて,患者が必要 とするすべてのサービスを提供できるからである。筆者によれば,医療分野に欠けているのは高品質を常に維持するためのシステム対応である。マクドナルド社 の細部ぜ・藁埔柴藁圉聲竇就MS P明朝">
患者に対して医療情報を提供するインフラの整備
著者は病院など医療サービスの供給者が患者の利便性向上に努力するだけでは不十分で,消費者自身が知識を蓄えて,医療においても消費者革命の旗手として自 己主張すべしとの提唱している。医療経済の世界ではよく「情報の非対称性」ということが強調される。これは専門家の医師は病気についてよく知っているが, 患者は病気についての情報を持っていないので,対等の取引関係は成立し得ないという状況を指している。したがって,医療は患者の自由な選択には馴染まな い。だから,医師のパターナリズムによって温情的な処置が施され,時には政府の介・站K制によって患者は保護されなければならないとの結論に導かれるのが 通例である。著者の考え方はこれとは逆で,だからこそ患者はもっともっと勉強して賢くなり,自分の目で確かめて,よい医療サービスを自ら選択しなければな らないと力説している。
「患者ももっと勉強して,賢くなれ」といわれても米国とは異なり,わが国では患者が医療内容についての知識や医療機関の技能レベルの実績を知り得るための 情報が極端に不足している。医療の質を病院ごとに客観的な基準に基づいて評価する医療機能認定制度一つをとって見ても,米国では50年の歴史を持ち, 1000人以上のスタッフを擁する認定機関が病院だけではなく,保険や福祉機関などを含む約2万機関の評価を行っており,これが厚生行政とも密接に連係し ている。わが国の同種機関は設立早々でスタッフ数も10人あまり,行政との繋がりはなく,米国との彼我の格差は極端に大きい。せめてこのような評価機関の 機能を早期に充実して患者への情報提供を充実することが,医療の質を向上させる捷径であろう。
京大SS・OB誌「Comet」への寄稿「医療サービス市場の勝者」
「医療サービス市場の勝者」
岡部陽二(昭和32年,法学部卒)
[広島国際大学医療福祉学部教授]
この「COMET」誌で毎号広告をお見掛けするシュプリンガー・フェ アラーク東京より,このほど私が監訳しました「医療サービス市場の勝者」を出版して頂きました。この本はどなたにもご理解頂けるノン・フィクション風の読 み物であって,決して堅い専門書ではありません。ところが,医療経営といった分野は何となく馴染みが薄く,一般人には関係がないといった誤った先入観から 出版を引受けてくれる大手の出版社はありませんでした。本書に限らず真の良書は売れないから出版しないという大手出版業者の昨今の風潮は嘆かわしい限りです。
そこではたと思い当たったのが,COMET誌で拝見しましたシュプリ ンガー・フェアラーク東京社長の平野皓正さんのエッセーと広告でした。そこで,この本の翻訳出版を頼み込んだところ,二つ返事で即座に引受けてくれ,素晴 らしく有能な共訳者の紹介までして頂きました。彼とは同期で二人とも銀行に就職,その後はすれ違いばかりで卒業以来会う機会がありませんでしたが,すぐに 意気投合しました。彼もいまだに学生気分で,3年前のCOMETでは「本当の英語力とは何か」を論じていました。昨年のエッセーは何と「 A friend in need is a friend indeed」という題の寄稿でした。彼の存在はまさに私のニーズにぴったりで,今更ながらESSでの繋がりに感謝しております。 本書の著者は製造業やサービス業一般の経営戦略を,米国の医療サービス業界へも導入して,脂肪を筋肉質に変えるリサイジングと的を絞り込んだ医療フォーカ スド・ファクトリーを実現すべきと提唱しております。一方,90年代を通じて米国での医療改革の主流となっている出し渋りを旨とするマネジドケアの手法に は極めて批判的で,マネジドケアの考え方自体を切捨てご免で,「とにかくノーというダイエット」として否定しています。ナ終的に誰が医療サービス市場の勝 者となり,敗者となるのか。その鍵を握っているのは政府でもなく,医療保険でもない。消費者(患者)と医療機関とで成立っている市場の機能が生かせるか否 かであるといった明快な論旨の展開です。著者の主張は米国政府の施策にも反映され始めて,原著は専門書としては例を見ない七万部を超えるベストセラーとし て洛陽の紙価ぜ・暑uコ頒暑uコ仂w)質・阪\∝蜴黼遐昭・昭・釶辣就芍銖緕⊂実昭届淋壹\・◇聲竇就MS P明朝" lang="JA">住友銀行OB誌「銀泉」への寄稿「医療サービス市場の勝者」
「医療サービス市場の勝者」 岡部陽二
一昨年四月,四十年間にわたる銀行・証券業界での実務生活に一応の終 止符を打って,広島国際大学の教授に転身しました。大学教授になって最初の課題は医療経営学科で担当する「国際経営論」の講義と演習のテーマを定めること でしたが,何をテーマにどんな内容を教えればよいのか,医療経営の世界は全く初めての私には焦点が定まらず,弱っておりました。そんな折にニューヨークで インベストメント・バンカーとして活躍している旧友の神谷秀樹君が,ハーバード大学経営大学院のレジナ・ヘルツリンガー教授が著した「マーケット・ドリブ ン・ヘルスケア」という本が米国では大変な人気で,よく売れていると言って,一冊進呈してくれました。
一読して見ますと,米国でも医療機関の経営は生産性が低く,利便性の 面でも見劣りがする。これを合理化するには,七〇年代の構造的大不況から不死鳥のごとく蘇った製造業や進んでいる流通サービス業がとった焦点を絞り込みの 戦略を採り入れるべきであるとする論旨は,至極明快で説得力がありました。感心しましたもう一つの視点は,医療サービスの供給者が消費者(患者)の利便性 向上にw力するだけでは不十分で,消費者自身が知識を蓄えて,医療においても消費者革命の旗手として自己主張すべしとの提唱です。早速この本を翻訳出版す る決意をし,大学時代の友人が社長を務めているシュプリンガー・フェアラーク東京での出版がこの四月に実現しました。
邦訳版のタイトルを「医療サービス市場の勝者」としました本書は,七 〇年代後半から始まった米国の製造業とサービス業の力強い復活,生産性向上へ向けての企業戦略を余すところなく調査・分析しており,わが国経済再生のため の経営全般にわたる指南書ともなっております。著者はこの手法を,八〇年代後半からようやく改革を目指して動き出した米国の医療サービス業界へも導入すべ きとして,脂肪を筋肉質に変えるリサイジングと的を絞り込んだ医療フォーカスド・ファクトリーの実現を提唱しています。一方,著者はその後九〇年代を通じ て米国での医療改革の主流となりました出し渋りを旨とするマネジドケアの手法には極めて批判的で,マネジドケアの考え方自体を切捨てご免で,「とにかく ノーというダイエット」として否定しております。
著者が本書の結論の一つとして声高に提唱しておりますのは,企業など が従業員に代わって医療保険を掛ける「第三者支払システム」を改めて,企業負担の保険料をそのまま従業員へ支払い,個人の責任で自分に最も適した医療保険 を選択できるようにすべきであるという「消費者直接支払方式」への転換論です。政府や産業界もこの改革提案の実現に向けて真剣に取組む兆しが見えており, これから一両年中には米国の医療システムも大きく変貌するものと予想されます。本書がこのような専門書としては例を見ない七万部を超えるベストセラーとし て洛陽の紙価を高め,ペーパーバックにもなって引続き販売部数を伸ばしておりますのは,その証左と申せましょう。
今年一月にお会いした著者のヘルツリンガー女史はハーバード大学経営 大学院では女性初の終身専任教授です。歯切れのよい彼女の講義は有名教授が多いハーバードでも最も人気のある講座の一つに選ばれております一方,医療関係 だけではなく,トラクター・メーカーのディア社など数社の社外重役,非営利団体の役員などを勤め,さらにベンチャ[・ビジネスにも参画するなど一年中全米 を飛び廻っている超多忙なスーパー・ウーマンです。また,出版社から紹介頂いた共訳者の竹田悦子さんは大学教授夫人として四人のお子様の母親役をこなしな がら,プロの翻訳家を目指して,すでに八冊の翻訳書を世に問われている才媛です。そのエネルギシュな仕事振りには脱帽するしかない日本のスーパー・ウーマ ンです。しかも,大学でのご専門はフランス語ですから,彼女のお蔭で,堅苦しい経営書がすぐれて文学的な香りの高い作品に仕上がりました。このお二人の女 性パワーに大いに啓発されたのは,本書の翻訳を通じての大きな収穫でした。
わが国でも昨今,医療制度改革の柱として米国流のこのマネジドケアを 採り入れるべきとの主張と,逆に米国流のやり方はわが国はそぐわないとの考え方が論議され始めました。この是非を論ずるに当りましても,医療サービスも市 場原理をフルに活用して効率化を図れば他のサービス業と何ら異なるところはないとする本書の基本的な考え方は,わが国医療業界改革に当っての貴重な指針に なるものとの確信を一段と深めております。本書が医療関係者だけではなュ,銀泉会員の皆様方はもとより医療と経営に関心を持っておられる幅広い層の方々にお読み頂けることを切に望んでおります。
HIS研究会四季報:「簡約・医療サービス市場の勝者」第一回
簡約「医療サービス市場の勝者」
―米国の医療サービス変革に学ぶ―
広島国際大学教授
岡部 陽二
「医療サービス市場の勝者」翻訳の動機
「金融ビッグバン」に擬えて「医療ビッグバン」という理念も 目的も今一つはっきりしない表現が横行している。金融ビッグバンやそれに続く企業会計ビッグバンは,わが国の官民癒着,業者保護の規制システムを透明,公 平で自由な国際的にも通用する市場原理主導の競争社会に改めようとする改革である。要するに,アングロ・サクソン・モデル,すなわち英米型への転換である。
ところが,医療制度や慣行についてみると,アングロ・サクソンといっても英国と米国のシステムは全く逆の方向に動いており,他の先進諸国と比べても英米両 国が両極端に位置している。たとえば,国民医療費の対GDP比率(OECD Health Dataによる1997年実績)でみても,先進24ヶ国中米国の14.1%が最も高く,英国の6.69%が最下位である(わが国は7.32%で18位と英国に近い)。それでは,わが国の医療ビッグバンではこの二つの全く異なったアングロ・サクソン・モデルの何れを範とすればよいのであろうか。
広島国際大学に奉職して国際経営論の講義で医療システムの国際比較を試みる段になって,このような問題意識でまず一四年間在勤した英国のナショナル・ヘ ルス・システム(NHS)を調べてみた。このシステムには少なくとも現状では問題点ばかり目につき,反面教師としてはともかく,学ぶべき点は少ない。こと に,英国の入院順番待ちの長さは有名である。ブレアー首相は一昨年就任早々に入院待ち日数が一八カ月を超える待機患者を零にすると公約したが,思惑通りに は進まず,苦慮している。さすがのサッチャー首相も,医療費を全面的に税金で賄う国営の従前の配給制医療システムの民営化は出来ず,国営システムを温存し たまま,民間の営利病院と医療保険の導入を自由化した。その結果,外資系企業や一部の金持ちが二重払いを承知のうえで保険料企業負担の医療保険に加入し, サービスのよい民間営利病院での受診が急増した。これは一見成功に見えるが,すぐに手術をして貰える民間医療保険加入者と,重症でも後回しにする国営シス テムでしか受診できない人々との間の不公平感が拡大し,由々しい社会問題に発展している。ブレアー政権はこのような現状を踏まえて,医療は競争原 理には馴染まず,協調体制で行くべきとして,NHSを再編強化し,医療費の対GDP比率を最終的には九%にまで高めるという意欲的な施策を実行に移しつつ ある。民間病院は軒並み経営難に陥っており,今後の推移がみものである。
一方,米国に目を転じると,米国の医療費はべらぼうに高く,その原因は病院や医師の営利主義と,公的保険がないことにあり,あまりわが国の参考にならない と一般には思われている。ところが,統計数字を拾ってみると,このような通説は,いわば思い込みであって,客観的な根拠はない。むしろ,意外にわが国の医 療システムと似通っており,学ぶべき点が極めて多い。
まず,病院の経営形態をみると,両国ともに三割弱を国公立が占めるが,残りの七割強のうち,米国では営利企業の所有は一割強で,残りの六割余はすべて教会 や慈善団体が経営し,税金も課せられない非営利法人である。これに対し,わが国ではそのほとんどが民間の経営で,非営利が建前であるものの,法人税が課せ られている。実体的には,どうも米国の病院の方が総じて非営利に徹している感が強い。
次に,医療保険では米国でも総人口の二五%を占める高齢者と低所得者については,各々医療費全額が税金で賄われている。それ以外の国民については,大多数 が保険料全額が企業や団体組織負担の民間医療保険でカバーされており,個人負担は五%程度と低い。米国は民間保険主体ながら,約四千万人の無保険者を含め ても,個人の自己負担は全体で精々二割程度内に留まっている。一方,わが国の医療保険では公的負担が医療費全体の約三割,自己負担が一二%,残り六割は保 険料で,これは企業等と個人の原則折半負担になっている。ただし,右の自己負担には保険の対象とならない漢方などの代替医療,差額ベッド,歯科や高度先進 医療などが含まれておらず,保険でカバーされないこれらの医療費を含めた総支出のベース見ると,二四%と二倍になる。すなわち,わが国の国民皆保険は公的 保険と称されているものの,財源の過半を個人が負担することによって支えられている。
このような国際比較を模索している矢先に,米国で二年前に出版されたハーバード大学経営大学院レジナ・E・ヘルツリンガー教授著の「医療サービス市場の勝 者」が二年間続けて七万部を超える時事問題書のベストセラーとなり,医療関係者以外でも広く一般の人々にも読まれていることを知った。著者の主張は,先入 観を排した客観的な根拠に基づいて従来の通説に真正面から挑戦する姿勢で貫かれている。本書は米国でも医療分野の生産性は低く,改革が遅れていることに警 鐘を鳴らしており,わが国の医療制度改革を考えるうえにおいて大いに役立つ文献と考えて,翻訳出版に踏切った次第である。本書は序文,本書の要旨に次いで 四部12章で構成されている。訳者竹田悦子さんの協力を得て,本号では「本書の要旨」と「第一部」,「第二部」,次号で「第三部」と「第四部」に分けて, 各章ごとの主要なテーマを要約してポイントの解説を試みた。本会の皆様方にはぜひ本書を通読頂いて,忌憚のないご意見をお聞かせ願いたい。
本書の要旨(著者の問題意識)
● トヨタのある車種の故障率は簡単に調べられるが,自分の居住する地域で患者の術後生存率が最も高い心臓外科医を調べるには,莫大な調査努力を要するのはなぜか?
● ほとんどあらゆる商品が,深夜でも電話一本で買えるこの時代に,ちょっとした病気を診てもらうのに半日も仕事を休まなければならないのはなぜか?
● マクドナルド社は毎日全米一・一万ヶ所以上にも及ぶ店舗で無数のフライド・ポテトを完璧に作っているが,病院では腎臓摘出や足の切断でも左右を間違えることがあるのはなぜか?
● あるHMO(医療機関の監視を意図した会員制医療保険団体)では,瀕死の女性患者に対して救命の見込みのある治療を拒絶しながら,同じ年にそのH MOのトップが退職した時に,一八〇〇万ドルもの退職一時金が支払われているのは,なぜか?
私たちはシステムとして機能していないこの医療システムを甘んじて受け入れるしかないのであろうか。医師は「医療は特殊」と言って,マクドナルドとの比較 に眉をひそめる。だが,医療分野は他の経済分野と異質なのか? 医療システムの問題は,医師任せ,あるいはマネジドケア任せでよいのか。いずれも否であ る。医療システム改革の鍵は,病院・医師と消費者(患者)の直接交渉で成立する医療市場に消費者主導の新しい風を吹き込むことにある。
今,米国の医療システムには,否応なしに大きな変革が起ころうとしている。その進む方向は,専門分野に的を絞り込んだ「医療フォーカスト・ファクトリー」 を中心とする便利な医療である。当然にそのシステムは診療科目ではなく,患者のニーズに応える疾患別の編成となる。また,情報に基づいた,賢い選択ができ るように,新しい情報源も整備されるだろう。健康の自己管理に役立つ新しい支援態勢も望まれる。新しい医療技術も重要な役割を果たすに違いない。
こうした変革の原動力となるのは,ショッピングより仕事を生きがいとする多忙な米国人である。小売業はすでに消費者の要求に応えるべく自己変革を行なって きた。「ドゥ・イット・ユアセルフ」の動きも盛んである。製造業における巨大企業も競争の圧力を受け,本業以外の過剰な生産力の整理縮小を進めている。ま た,消費者ニーズに応えるサービス業の成長も目覚しい。マクドナルド社は,サービス向上に絞り込んだ「フォーカスト・ファクトリー」の鑑であり,一貫性, 信頼性,礼儀のよさ,低価格,清潔さ,迅速なサービスを実現している。
新しい医療システムのもとでは,多くの勝者と敗者が生まれるだろう。情報を持った働き者の消費者は勝者となる。高齢者層や医療費負担にあえぐ雇用者や連邦政府,重症患者,無保険者も利益を得る。才能と情熱を持った医療経営者や起業家らもこの変化を歓迎するだろう。
一方で,患者は耐えるべしとする医師,患者の要求に「とにかくノーと言う」ことを旨とするマネジドケア,垂直的に統合された巨大医療システムは敗れ去るだろう。
本書では,理念を持った指導的な会社やその管理手法を検証しつつ,彼らの成功の秘訣と,変革をさらに促進する原動力を探っていく。
第一部 消費者の望むもの――利便性と自助能力
第一章 消費者革命
多くの分野で米国の産業改編をもたらしたのは,勤勉で教育水準の高い新世代の消費者であった。現代の消費者はかつてより確実に忙しくなり,同時に賢く,そ して自己主張が盛んになっている。彼らは商品やサービスの安さと品質のほかに,利便性や迅速性を求め始めた。ドゥ・イット・ユアセルフを信条とする彼らは さらに自助能力とそれを支える情報をも要求するようになった。こうした要求が,ウォルマートの成功,トイザラス,ステープルズ,ホーム・デポのようなスー パーストアの隆盛,コンシューマー・リポート誌のような情報源の人気に如実に表われているように,米国の小売業・サービス業・製造業を一変させた。
第二章 患者が耐えるのをやめる時
米国の消費者は利便性や迅速性を求めているのに,医療の世界にはその声が届いていない。顧客を「ペイシェント(受難者)」と呼ぶことからして,そもそも利 便性を軽視している証拠である。「不便で何が悪い?」と反論する医師もいるが,医療の不便さは致命的である。不便さは人々の時間を奪い,予防的医療を受け る機会を奪い,健康を損ない,医療費を押し上げる。たとえば,医薬品大手のジョンソン・アンド・ジョンソンの従業員家庭を対象にした調査によれば,二歳児 で適切に予防接種を受けていたのはわずか四五%だった。待合室に患者のあふれる病院の不便さも改善の兆しはなく,それどころか,一九八三年から九一年にか けて医師の予約をとる順番待ちの時間は四〇%伸びた。医療保険制度も非常に分かりにくく,ちょっとした問い合わせにも満足に回答しないHMOが大半である。
医療システム全体の不便さは,はるかに深刻だ。患者は不十分な情報をもとに,自分に必要な医療を自分で組み合わせるしかない。疾患ごとの専門医療機関がな く,また,自己管理が大切な慢性疾患の患者に対する支援態勢がないため,高価な救急病院が必要以上に利用される例も多い。医療システムは消費者のニーズで はなく医師や病院のニーズに合わせて作られている。こうした不便さは,米国の経済全体に大きな損失をもたらし,医療費の直接的増加だけでなく,労働の生産 性低下にもつながっている。
一方,消費者自身が自分の財布から直接支払いをする医療分野,例えば眼鏡や一部の歯科医療の分野では,消費者の利便性を高める改革が急激に進んでいる。 ミッドアメリカ歯科聴力視力センターは,義歯をきわめて低料金で,しかもその日のうちに作ってくれる。その秘密は量産と専業化である。また,眼鏡やコンタ クトレンズは値段も手頃で便利だ。価格やサーrスの工夫など重点の置き方が異なる各種の眼鏡店が競合して,ますます利便性を高め価格を引き下げているから だ。だが,こうした競争的環境は,容易に生まれたものではない。七〇年代には,眼鏡業界にも,眼科医が処方箋を出さないことを認め,広告を禁止し,検眼医 の独立開業を禁止するといった三つの大きな法律の壁があった。眼鏡業界の利便性は,そうした壁の撤廃に向けて粘り強く闘い,規制を撤廃していくことの大切 さを教えてくれる。
予約なしの手軽な医療サービスを提供しようとしてショッピング・モールに簡易な設備で開設したヘルスストップの失敗例に見られるように,法律の壁以外に も,経営の壁がある。ヘルスストップには,既存病院からの攻撃をかわし,報酬体系を工夫して医師へのインセンティブを働かせる経営手腕が欠けていた。だ が,多くのサービス業ではこの問題をクリアしている。そこに学ばなければならない。
わずかながら医療業界でも,利便性を高めて成功したベンチャーがある。サリックヘルスケアは癌専門の医療チェーンである。癌と闘う患者と家族のニーズに 合わせたこまやかなサービスを提供する。だが,サリック博士のように医師が経営の才覚を兼ね備えているPースは稀である。他産業で経験を積んだ経営の専門 家が,もっと医療サービスに進出してもよいはずだ。しかし,それには医療費を患者が直接支払わない医療保険制度,そして,免許の問題という障壁がある。消 費者がより直接的に要求の声を上げ,医療業界の自己保存的な規制を撤廃させていくことが必要だ。
第三章 我に自助能力を,さもなくば死を!
――健康増進に励む人々
顧客は今,情報と選択と主導権,すなわち「自助能力(マスタリー)」を求めている。指図ではなく情報とサポートを与えてほしい,自分の問題は自分で決定 したいという消費者が増えている。そうした変化が,食事に気をつけ,禁煙や運動に励む健康積極派の増加をもたらしている。これは将来,医療コスト軽減につ ながる歓迎すべき動きであろう。依然として破壊的生活習慣を断ち切れない人々に対しては情報と支援が欠かせない。
医療とドグマは切り離せない。医学は科学としては歴史が浅いにもかかわらず,いつの時代にも権威をもって,病気の原因や治療法を告げてきた。だが,そうし た態度に疑問を抱く人が増えている。現代人は専門家の言いなりではなく,幅広い情報源を求め,自分で判断しようとして「る。漢方やカイロ・プラクティック スなど代替療法の利用の伸びがそれをよく示している。そうした流れに医療の提供側ももっと敏感になる必要がある。
一例を挙げれば,女性の主体的なお産をサポートする姿勢を打ち出したノースショア出産センターの草創期は,親病院の意向と衝突して大いに苦労した。顧客 の自助能力を高めて成功した健康食品店のブレッド・アンド・サーカス社の知恵からも学びとるところが大きい。そのためには,医療業界にも起業家の手腕を取 り入れ,消費者の運動を盛り上げることが必要である。
第四章 利便性と自助能力をもたらす医療システムとは
では,私たちが目指す未来の医療システムとはどんなものであろうか。たとえば,子供の皮膚に水泡が出たとしよう。母親が自宅のコンピュータに症状を打ち 込むと,瞬く間に一応の診断が出る。医師や薬局とEメールで連絡を取り合い,まもなく自宅に薬が届けられる。症状が治まらないときにかかれる最寄の医療機 関も複数,コンピュータが提示してくれる。医療の質に関する情報も豊富で,消費者は情報に基づいた選択ができる。皮膚疾患ならスキンケア・センターのよう な専門医療機関が便利な場所にあり,皮膚に関するあらゆる専門のスタッフが揃っている。・・・・・・しかし,現状はここに描いた理想には程遠い。医療情報 は不毛で,患者も企業も目隠しで買い物させられているような状況に置かれている。
第二部 医療費支払人の求めるもの――医療の質と低コスト
第五章 生産性革命への選択肢
米国の医療は両極端の矛盾した性格を持つ。世界最高水準の先端医療技術を持ち,重症患者や高齢者の医療にも手厚く,また,待機手術の待ち時間も短いな ど,先進諸国でも群を抜いて国民の満足度が高い。その一方で財政を圧迫する医療費の高騰とその非効率ぶりはすこぶる評判が悪い。問題は,米国の医療の長所 をつぶすことなく,いかにコストを抑え,効率を高めるかである。それには,ダウンサイジング,アップサイジング,リサイジングという三つの処方箋がある。
第六章 ダウンサイジング
――「とにかくノーと言う」ダイエット
まず,ダウンサイジングだが,他産業でもその効果は否定されている。闇雲に体重を落とそうとすると,脂肪ばかりか筋肉まで落とす結果になりがちだ。米国 の医療業界におけるダウンサイジングの代表格と言えば,マネジドケア組織による医療費の}制である。この減量法は,病人の医療ニーズを切り捨てて利益を図 るものであり,効果よりも弊害が大きい。HMOはもともと健康維持組織の略で,文字通り病気の予防や検査に重点を置いていたが,1980年代に入って医療 費抑制を目的とする組織に変質した。HMOとかマネジドケアはシステム分析に基づいて保健会社から見た「不適切」な医療に「ノー」と言う仕組みである。見 かけの「安さ」は,必要な医療サービスの出し渋りによるものとの疑いが濃い。その証拠に,マネジドケアでは従来型の実費補償保険よりも,保険料一ドル当た りの医療費そのものにかける割合が小さく,役員報酬など管理費用に当てる割合が大きい。骨髄移植など「実験段階」の治療をHMOから拒まれる例は跡を絶た ない。マネジドケアに医療費抑制効果があるとしても,今後,「有意思医療機関排除禁止法」などの新しい法律によってその効果は薄められる可能性が ある。さらに,マネジドケアの中でも,コスト抑制効果の高いスタッフ・モデルやグループ・モデルは市場シェアを失い,加入者の選択の幅が広いタイプがシェ アを伸ばしている。
かつて最強の力を誇ったHMOの老舗カイザー・パーマネンテ社の低迷ぶりは,マネジドケアによる「合理化」の効果を疑わせるものだ。マネジドケアには安い加入料金や無料の定期検診など魅力も多いが,そのコスト抑制効果には大いに疑問がある。
第七章 アップサイジング
――「大きいことはよいことだ」というダイエット
逆に,効率を上げるために,全体のサイズを拡大しようという戦略もある。フォードが一九一四年に作った巨大自動車工場は,拡大戦略の成功物語だった。以 来,米国ではコストを引き下げ,品質を高める切り札として拡大路線が熱心に信奉されてきた。医療業界にも合併熱が吹き荒れ,病院やPBM(薬剤給付管理組 織)の統合が急激に進んでいる。だが,本当に統合は改革の切り札になるのだろうか。
統合の方法としては,水平統合と垂直統合の二つがある。水平統合は,経営上,比較的容易で若干の成功例もあるが,節約効果は期待されたほどではなく,市 場の独占による弊害が大きい。一方,垂直統合は「シームレス(縫い目のない)」な医療サービスの提供を目指して,医療保険会社,病院,開業医グループなど 異なる事業を統合するものだ。ミネアポリスの医療サービス購入団体が推進した垂直統合は初期の成功例とされたが,期待した節約効果が上が轤ク,価格競争や 医療サービスの差別化も起こらず,のちに方針転換した。垂直統合したIBMものちに大規模な縮小整理を行ない,GMも周辺事業の整理を検討している。製造 業では現在,従来の大量生産方式に代わって,「セル(細胞)」と呼ばれる小さいチームで完成品を作る試みが盛んである。
デビッド・ジョーンズのヒュマナ病院の苦闘は,垂直統合に伴う経営上の困難を示す格好の例である。才覚豊かなジョーンズは,豊富な資金を集め,病院の水平 的チェーンを作って一時は大いに成功した。だが,病床稼働率が落ちてくると,立て直しのために医療保険会社と開業医のネットワークという二つの事業を新た に組み込んで,垂直統合を図ったものの,目標の異なる事業を統合して利益を生むことの難しさは克服できず,ジョーンズは病院を手放すことになった。ヒュマ ナの教訓は,その一,借りられるものは買うな,その二,不振な事業を守ろうとして垂直統合を行うな,その三,とにかく得意分野を絞り込め,の三点に尽きる。
大企業は小回りがきかず,変革が遅い。経営管理が困難で,存続に大量の資金がかかり,組織内のネットワーク維持に手間がかかる。また,大企業は競争を抑 えかねない。米国の医療システムにとって,大きいことはよいこととは限らない。巨大組織は,無駄のないファイティング・マシーンどころか,恐ろしく金を食う怪物である。
以上のように,アップサイジングもダウンサイジング同様,医療システムの長所を保ちながら,コストを抑える戦略としては期待できない。
HIS研究会四季報:「簡約・医療サービス市場の勝者」第二回
簡約「医療サービス市場の勝者」
―米国の医療サービス変革に学ぶ―
広島国際大学教授
岡部 陽二
「医療サービス市場の勝者」翻訳の動機
第三章 医療システム改革のための有効な方策
――医療フォーカスト・ファクトリーと医療技術
第八章 リサイジング ――u脂肪を筋肉質に変える」ダイエット
ダウンサイジングもアップサイジングも有効でないとしたら,残る方法はリサイジングである。しかし,これは脂肪だけを落として筋肉質の身体をつくる最も 難しいダイエットだ。この章では,ショルダイス病院,マクドナルド社,トラクターメーカーのディア社を例に,この問題を検討する。
カナダはトロントのショルダイス病院は,腹壁ヘルニアの専門病院である。同院では,毎年,元患者の「同窓会」が盛大に開かれる。その人気の秘密は何か? 一番の要素は「フォーカスト・ファクトリー」方式の明確な絞り込みだ。まとまった数を扱うため(一人の外科医が平均で年600回のヘルニア手術を行う), その技術は超一流で再発率も1%に満たず,料金も手頃だ。医師の人選,訓練,報酬,施設の設計,プロセス工学など,細部まで入念に練り上げられた統一的な オペレーション・システムが,その成功の陰にある。
米国の医療システムには,フォーカスト・ファクトリーが生かせる可能性が豊富にある。
フォーカスト・ファクトリーという言葉は製造業で生まれた。1974年にハーバード大学のウィッカム・スキナーが書いた論文に登場する。限られた製品群に 絞り桙セ工場を作ることが生産性向上の秘訣とのスキナーの呼びかけに応え,多くの製造会社が絞り込みを行い,アウトソーシングを進め,「フォーカスト・ ファクトリー」型のスリムな企業に生まれ変わった。イーストマン・コダックの変革もこうした成功例の一つである。
サービス業界でも,いまやフォーカスト・ファクトリーの例にこと欠かない。マクドナルド社はその代表格である。
マクドナルドのフライドポテトは,いつ世界のどこで食べても揚げたてで完璧だ。このポテトはいかにしてつくられるのか? 同社は垂直統合よりアウトソーシ ングを選ぶ。原料のジャガイモに厳しい納入基準を設け,信頼できる納入業者と安定した関係を結ぶ。さらに,技術に力を入れ,ジャガイモを揚げる油の温度を 自動調節する高性能の調理器を開発。そして,マニュアル通りの完璧な調理を,世界中の幾万もの従業員に,並外れたプロセス工学と人材管理で徹底させている。
ショルダイス病院とマクドナルド社には,①目標の絞り込みと細部へのこだわり,②プロセス工学に基づくオペレーション・システム,③周到な人材管理,④ よく練った技術といった驚くほどの共通点が見られる。これに匹敵するような執拗なまナの行き届いた注意が,医療サービス,たとえば,癌の治療や心臓手術に おいて払われているだろうか? 心臓外科医デントン・クーリー博士のテキサス心臓研究所のような先駆的な例はあるが,それはむしろ例外であろう。
ここで,医療フォーカスト・ファクトリーと,従来型の医療機関を比べてみる。まず,病院で見られるような,複数の専門にまたがる専門医のチームワークが 可能かという声がある。従来の病院は,医師の専門による組織構造になっているが,フォーカスト・ファクトリーは患者のニーズによって編成されるので,患者 が必要とするすべての資源が常に揃っている。たとえば,癌のフォーカスト・ファクトリーなら,腫瘍専門医のサービスだけでなく,癌治療とそれに付随するす べてのサービスを,病院,外来センター,患者の自宅等,さまざまな場所で提供する。そこには,診断,治療,心理療法,治療費の相談から,入院や在宅サービ スまで,すべてが含まれる。
フォーカスト・ファクトリーの初期形態とも言えるものが,最近増えている「カーブ・アウト(切り分け)」である。複数の医療機関が特定のサービス受託を,医療保険会社との間で定額で契約するもので,今後の成熟と発展が期メできる。
クリニカル・パスは,複数の専門にまたがる治療チームのメンバー間の調整に力点を置き,入院日数の短縮,サービス重複の防止,資源利用の効率性向上など によるコストダウンを主目的とする。フォーカスト・ファクトリーは単一のサービスのみに全精力を傾注し,単なるコストダウンよりも,医療の質と生産性の向 上を目指すという違いがある。
では,医療フォーカスト・ファクトリーの医療業界への影響は? 今後ともごく少数しか存在せず,実際には利用が困難との心配は無用だ。多額の投資を必要としないため,ショッピング・モール内など地域の拠点に,多数の施設を設置できるからだ。
逆に医療フォーカスト・ファクトリーが増え過ぎはしないかという心配も無用である。プロセス工学でよく使われるパレートの法則によれば,問題の80%は 20%の原因によるものである。事実,国民医療費の大部分がごく限られた診療項目で占められている。とすれば,高額な医療費を要するわずかな数の病気を扱 い,そのうち,比較的少数の重症患者に焦点を当てたフォーカスト・ファクトリーを作るだけでも,はかり知れない利点がある。
それでは,一般的な医療診断は誰が行うのか。答ヲは,診断医療専門のフォーカスト・ファクトリーである。有名なメイヨ・クリニックがその典型である。
医療フォーカスト・ファクトリーが,特殊なニーズを切り捨てて標準的な,楽にもうかる部分だけに集中しないか,という心配も不要である。経済システムがうまく機能すれば,他の商品で一般化しているように分業が行われるだろう。
医療システムの細分化がさらに進み,利用者にとって調整が困難になるという心配も要らない。合併症の治療などはむしろの医療フォーカスト・ファクトリー の得意とするところだし,起業家精神に富んだ保険会社等は医療フォーカスト・ファクトリーをネットワーク化した「バーチャル・システム」を生み出すことだ ろう。
すでに医療フォーカスト・ファクトリーの将来性には,経済界の関心が注がれ,ベンチャー・キャピタルの投資も増えている。特定の病気や処置に絞ったフォーカスト・ファクトリー型の医療機関が,定額の人頭払いで企業や保険会社と契約を結ぶケースが増えている。
開業医グループが,定額の人頭払いで保険会社の機能を担えば,医師らはマネジドケアの縛りから解放され,顧客にとっても必ずしも「ゲートキーパー医」を訪ねなくトも済む利点がある。
医療フォーカスト・ファクトリーは間違いなく成功が見込まれる。第一に,提供する医療の質が高い,第二に,不要な投資を抑えてコストダウンできる,第三 に,価格やサービスの質を容易に比較できる,第四に,医療システムの欠陥による不要な医療支出を大きく削減できるからだ。
以下の未来図をご覧頂きたい。……企業の医療購入担当者が,関係医療機関に主な病気や処置について,従業員5万人の包括的診療費の見積もりを依頼する と,1000件を越えるフォーカスト・ファクトリーから入札があった。クオルメッド・プログラムで入札した医療機関の評価を調べる。一人の患者に必要な治 療のすべてを包括する見積額が出ているので,比較は容易である。数ヶ月後,購入担当者はすべての医療契約を締結する。購入しているものの中身を知っている ことはもちろん,それを安い価格で購入できたのである。……
このように利用者にとっては利点の多いフォーカスト・ファクトリーだが,既存のマネジドケア組織には歓迎されないだろうし,現在の米国の医療システムの中では違和感なく収まる場所がまだない。消費者の経済的影響力が変革の原動力として期待される。
第九章 リサイジングと技術の役割
日常購入する商品やサービスの中で,支払額に照らして最も値打ちがあると米国人が考えるものは何か? 一位は鶏肉である。では,最下位は? 答えは病院 医療費である。鶏肉,自動車,コンピューターをより安く,より高品質にしてきたのは技術の力だ。同様に,車もコンピューターも過去30年に,目を見張る高 品質化と低価格化が進んだ。このように,技術革新はさまざまな分野で,コストの引き下げに貢献してきた。
では,なぜ医療技術だけが例外なのか? 高度医療技術は,医療費を押し上げる元凶なのだろうか。そうではない。医療技術も,やはりコスト抑制効果を持つのである。
かつて手術と言えば,肉体的にも金銭的にも患者の負担が大きく,たいへんな覚悟が要った。だが,今,MRI,CTなどの機器や局部麻酔が発達し,身体に優しい低侵襲のMIS手術や処置が急速に普及し,大きな傷跡や長期の入院は減ってきた。
例えば,冠動脈バイパス手術は,大きな傷跡を残すだけでなく,多数のスタッフで長時間を要する大掛かりな手術であるが,カテーテルを使った冠動脈形成術は局部麻酔だけで外来で簡単に行なえ,コストもかなり低い。
確かにMIS手術の普及によって手術を受ける人が増え,たとえば,胆石治療全体ではコストが増加しているように見える。だが,これは病院の請求「価格」であって真の「コスト」ではない。MIS手術にかかる実際のコストは,従来の手術よりかなり低いはずである。
また,ワクチンや薬効の向上も医療費の抑制に大きな役割を果たしてきた。
では,なぜ米国の病院医療費はこれほど高いのか? 英国,ドイツ,カナダ等と比べると,MRIやCTの普及台数(人口比)は突出している。使いもしない 高度医療機器,空いたベッドを抱えすぎているのだ。1995年の病床稼働率59.5%という米国の病院は,贅沢なジャンボ・ジェット機を定員の3分の2の 乗客数で飛ばしているようなものだ。
病院のコスト全体に占める管理費用の割合も増加している。しかも,非営利が大半を占める米国の病院で平均5.4%の利益率を維持している。その利益の多く が,設備投資に回る。 病院には強固なエディフィス(建造物)・コンプレックスがある。取り巻きの患者をたくさん抱えた一流の医師を迎えるために,ハイテ ク機器と建物の新築に何十億ドルも費やす。病床稼働率が低下しているのに,なぜ,こんなことが可能なのか?
それは病院への支払を,顧客ではなく,保険会社や政府といった第三者が行うシステムが大きく関わっている。他人の財布を預かるだけだから,少々高い買い 物をしても,自分の懐が痛むわけでない。コスト意識が低くなって当然である。第三者支払システムという土壌に,無駄な医療設備が増殖を続ける。
医療の技術革新は本来は医療費高騰についても危機打開の切り札となって然るべきである。競争の激しい医療機器・医薬品業界からは,新時代の先駆けとなるような真に革新的な技術が次々と生まれ,人々を苦痛と死から救い,経済全体の生産性を高めていくであろう。
第十章 リサイジング達成への道――ディア社の場合
トラクターメーカーのディア社は,リサイジングの威力を示す格好の例である。同社は生産性向上によって,増収,賃上げ,製品価格の維持を同時に果たした。その変革は,医療界にも貴重な教訓を与えてくれる。
1980年代前半,ディア社の業績は落ち込み,赤字に転落した。労働組合の力が強く,日本や国内との競争も厳しかった。そんな中,同社は大半の工場を存続させ,その中身を大きく再編した。
まず,機能単位の構造を廃止し,何百もの小さな製造単位「セル(細胞)」に編成しなおした。異なる機能の工員が集まったチームで,ひとつの構成部品を完 成させる。以前のように完成品を見ることなく同じ作業を繰り返すことはない。生産ラインも大幅に短縮され,社員の責任感と誇りが増し,品質と生産性が向上した。
また,ディア社は事業内容を徹底分析し,アウトソーシングを進めた。結果的に多くの部品が外注されたが,競争力のある伝動装置はひきつづき社内生産されることになった。
そして,技術への重点的な投資を行なった。生産性向上のための研究開発費や設備投資を惜しまず,一方で部品の標準化による弾力的製造システムを取り入れた。
また,情報にも投資し,工場を走る情報ハイウェイを整備し,CAD-CAMの統合を達成した。人材育成にも投資した。人間関係能力を養う研修に力を入れ,従業員に新しい明確な役割と権限を持たせた。
ディア社から学ぶべきは,同社が拡大より圧縮,得意分野への徹底した絞り込みを選び,変革の際にその真髄を守りぬいた点である。医療分野においても,ディア社の変革をお手本にフォーカスト・ファクトリー型の医療機関を作ることが変革の鍵になるだろう。
第四部 いかにして医療システム改革を実現するか
第十一章 消費者がコントロールする医療保険システム
では,以上のような革新を加速させる力を持つのは誰か? それは消費者をおいて他にない。政府が医療制度を管理する国々では,患者が必要と思う医療を十 分に受けられないという不満が強い。例えば,英国やカナダでは医療サービスの待機者リストが問題になっている。医療へのアクセスの遅延,専門医への受診制 限,予防医療の欠落はがもたらす「節約」は見かけだけに過ぎず,経済全体では費用増をもたらしている。
では,医療システムでは,なぜ,一般の市場のような消費者によるコントロールが働かないのだろうか。それは,所得税法上,消費者を市場から除外する次の規定による。
一,医療保険に団体加入する企業は,法人税申告の際,その保険費用を収入から全額控除できる。だが,個人加入の場合はこの限りではない。
二,雇用主から医療保険の便益を受ける従業員は,この保険価値受取額については所得税が課税されない。
このため,従業員は賃上げより医療保険での受取りを歓迎し,その医療保険を自分で選ばず,雇用主企業に購入してもらうことを望んできた。これを正すに は,医療システムへの税制上の優遇措置の対象を消費者に移し,第三者支払人が現在使っている資金を直接,被保険者の手に渡す必要がある。
消費者はどんな保険を掛けたいと思うだろうか? 破滅的な高額医療費から生活を防衛してくれる医療保険が最も強く求められている。このタイプの保険は,一定の免責額を越えるまでは相当額を加入者の自己負担となるので,医療費抑制の効果が期待できる。
支給額の決定には,特定の地域の住人にはすべて一定の保険料率を課す「地域料率方式」と,被保険者の健康状態に応じた保険料率を設定する「経験料率方式」があるが,後者の方式がよいだろう。
企業が支払っていた医療保険料を非課税で従業員に移転するには,①.従業員が受け取った医療保険手当を医療預金口座に預け,そこから医療保険料を支払う 方法と,②移転額にかかる所得税の還付を受ける方法がある。税額還付方式のほうが公平性が高いが,最終的には政治的決断となるだろう。
医療保険加入を義務化するかどうかだが,病人しか加入しなければ保険料はとてつもなく高くなるため,妥当な金額の医療保険プランの存在を確保するために義 務化は不可欠である。それも,一定の種類のものにする必要がある。保険の目的は,経済的破綻から人々を守ることであるから,人々が無理なく自己負担し得る 額を超える医療費を全額カバーするものでなくてはならない。医療保険料を収入にリンクさせ,所得税の税率区分ごとに納税者が自己負担するべき免責額を決定 し,内国歳入庁が納税者に自己負担不可能な医療費をすべてカバーする医療保険の保険料を支払った証拠の提示を求めればよい。
所得に応じて適用範囲を変えるより,最低限保障すべき内容を特定したパッケージ型プラン,もしくは自己負担額を一律にして万人に同一レベルの保障を行うプランがよいという意見もあろうが,いずれも,消費者コントロールが有効に働かない。
米国人に自分で医療保険を選択する能力があるのかという意見もある。適切な選択のためには,確かに今より相当多くの情報が必要だが,消費者が医療市場をコ ントロールするようになれば,情報は爆発的に増え,選択は容易になるだろう。なるほど,すべての人が最高の選択をするとは言えないが,オピニオン・リー ダーが賢い選択をしている限り,不良品や詐欺的商品の被害は最小限に食い止められることは,パソコン業界の例を見ても明らかだ。
政府が担うべき役割は,①資金の移転を確実に実行させる,②消費者に最低必要な適用範囲の医療保険プランに確実に加入させる,③消費者が医療保険を評価 するための情報の妥当性を,民間の専門団体を通して監査する,④保険会社の財務の健全性についても監査する,5.消費者や保険業者の不正があれば厳しく対 処する。ジョンソン・アンド・ジョンソン社の権限委譲型の組織運営が,お手本になる。
消費者がコントロールする医療システムでは,平均的な家族が受け取る年間の医療手当額は約6000ドル(約66万円)になる。これで,現状のままの低額 医療の免責額400ドル,一定比率自己負担額の上限2000ドルの医療保険パッケージに引き続き加入することもできるし,もっと低価格の医療保険に加入す ることも可能である。
政府コントロール方式は,医療費を一定範囲に収めるには極めて有効だが,政府は起業家との相性が悪い。医療機関が努力してコストを下げても,その見返りは来期の予算割当の削減だけであるから,コストダウンへのインセンティブは働かない。
マネジドケア組織が支配する市場にも,革新は期待できない。小規模な医療ベンチャー企業では,大規模なマネジドケア組織のニーズは満たせない。逆に,大企業は変革に疎いので,大規模な垂直統合型の医療ベンチャー企業もうまく行かないだろう。
医療費問題の多くは,医療費を支払っているのが通常,保険会社か政府機関という利用者以外の第三者であるという事実から生じている。消費者がコントロールする方式は,消費者による監視を復活させる。
あなたは医療サービスの購入を,自分に代わって政府やマネジドケア組織にやってほしいだろうか? なぜ自分の医療という大切な買物を,他人任せにするのか? 医療システム変革への鍵は,消費者が医療システムをコントロールすることにある。
第十二章 実現の条件――新しいルールと手掛り
最後に,医療機関,医療費支払人,そして医療サービス利用者のすべてが最大の利益を得るための新しい手掛りを挙げ,本書の結びとする。
医療機関のための手掛り
●顧客を大切にすること
●とにかく得意分野を絞り込め
●全体として統一のとれた運営システムを
●エディフィス(建造物)・コンプレックスを克服せよ
●値上げをするな,コストを下げよ
●技術を賢く使え
●ドグマ(教義)に振り回されるな
●倫理的であれ
●統合するなら縦より横に
●自分とライバル双方の業績を評価せよ
医療機器開発者のためのルール
●とにかく得意分野を絞り込め
●二番煎じを追放せよ
●「わが社の発明ではないから」という発想を追放せよ
●欲張らないこと
医療費支払人と政府のためのルール
●革新を図れ,出し渋りをするな
●適正な金額を従業員に移転せよ
●人々(従業員や有権者)を信頼せよ
●規則を決めたら厳格に運用せよ
●消費者「保護」を謳ったルールの内容を自己点検せよ
医療サービス利用者のための行動規範
●賢くあれ
●正直であれ
●自己主張をせよ
●よい顧客であれ
●自分の健康を自分の手に取り戻すこと
市場が動かす新しい医療システムでは,あなた自身があなたの健康に責任を持つことになる。主導権を握るのは,今や医療サービスの利用者あなた方自身なのである。
本書は,消費者と医療機関と医療費支払人に,市場が動かす新しい医療システムの地図を手渡し,そこでの航海のルールを知って頂くために書かれた。
この新しい航海地図が,すべての人々の健康につながらんことを!