個別記事

「米国医療崩壊の構図」に関する書評・紹介

一般紙誌の書評

監訳者の論説・エッセー

一般紙誌の書評

「ザ・クインテッセンス」誌“Book Review”ITDN・Tokyo代表・加藤英治氏書評

ジャック・モーガンは,富と繁栄の超大国の医療システムによって消された!!
日本の医療制度はどの道へ,迷い込むのか?

 「Yea~h!」ある日の午後,デンタルレントゲンを見た診療台上の患者がHiタッチしてきた。小生はおずおずとゴム手を外して右手を出した。先日抜髄した歯の根充がピッタリ入ったのだ。シアトルの歯科大学を卒業したのち歯科医師にはならず,医療経済のコンサルタントなどを経て今は日本で仕事をしている彼は「ボクはコレが苦手でネ~」とリーミングの仕草をした。近年彼は迷走する日本の医療システムも俯瞰した提言をしている。
 一―閑話休題,米国史上初の黒人大統領オバマ氏は昨年党大会で、彼を支持する106年前に生まれたアン・N・クパーさんが見てきた米国の歩みになぞらえ、かつて信じられない困難を克服してきたこの国の歩むべき道は”Yes We Can!”、未曾有の経済危機を”Yes We Can!”、崩壊の続く医療や年金制度を”Yes We Can!”、国民自身で立て直そうと、記憶に残る演説をした。が、いまだ地滑りは止まらず、クライスラー・GMと米国の繁栄を支えてきた巨像も崩れ落ちた。

 本書の著者が憂いている現在の米国の医療システムは、その巨大なコストとは裏腹に、国民に満足を与えていないようだ。腎臓疾患を患った個人事業主のジャックは、腎臓移植の順番を待っているうちに亡くなった。彼は保険に入ってないわけでも、税金を滞納したわけでも、医者嫌いだったわけでも、手遅れになるまで診察を受けなかったわけでもないのに、どうも彼がスイスかどこかの同レベル・同環境の患者であったら筋書きは変わっていたらしい。彼を殺した犯人はだれなのか? 容疑者は5人,医療保険会社・(非営利を謳う)大病院・雇用企業・政府・医療専門家たち、である。
 彼ら5人にはそれぞれの言い分があることは著者も認めている。歴史的経緯や経済・人口・ニーズにより、米国の医療システムがうまくいっていた時期もあったことは事実だ。しかし現在の破綻のタネはその頃から蒔かれていたのだ! 気がついたときには,ジャックは彼らの共同謀議により命を失った。ミステリーの紐を解くには、米国の医療システムと日本との違いを把握することが鍵だ。小生は本書をひっくりかえし,監訳者の記した最終項をめくり始めた。

 発端は、2005年に実際に起こったカイザー保険に加入していた腎移植候補者112名が亡くなり,そのうちの25名は適応の臓器が用意されていたにもかかわらず移植は行われなかった事件だ。この事件を元に著者は架空の被害者ジャックを登場させた。カイザー保険は元々高度な医療を行うために志のある人たちによって創設された。この医療システムがまちがった方向に進んだのは,マネジドケァ保険が商業化し、利潤のために医師に医療費の
節約を強要するようになったからだ。そこで,患者が無理なく質の高いサービスを得られるにはどうしたらいいのか? 著者の案は,先に挙げた5人の容疑者の介入を廃し,直接患者(消費者)と医師との交渉を重視することを出発点に改革を進めることが必要だとしている。
 その方策は,医療保険料を雇用主や政府の手から直接患者(消費者)の手に移し(低所得の無保険者には政府が直接補助をし〉、医師と患者との間に介在する存在を排除し、市場を機能させるカを与えることである。しかし、改革により利権を失う現体制は当然障害となる。現体制下では、①保険会社は、患者の満足度よりも、医師の選択・入院の承認・医療費に関心が高く、すべてにNoを突き付ける対応が常套手段になっている。②非営利を謳う大病院は、規模の拡大に奔走して非効率化し、患者にとってもリスクが高くなっている.③雇用企業は、本来従業員に分配されるべき保険料を税制優遇や運用のために利用しているにもかかわらず画一的な医療保険を選び、患者の医療給付の選択の自由を奪っている。④政府や役人は、市場を無視した、お仕着せの医療プランで患者の選択肢を狭めている。⑤医療専門家(政府にアドバイスする立場にある)は、システムがうまく回らないのは、儲け主義の医者や医療知識のない患者に情報を与えてもうまく使えず、賢い選択はできないせいだとしている。
 1961年日本は国民皆保険を開始した。当時は比較的低い医療費で国民のニーズがほぼ満たされていると考えていた。しかし、これは過去のこととなりつつある。患者負担率のアップや老人保健の廃止などをみれば明らかである。医療費の対GDP比は、米国の半分程度、主要先進国からも2~3%ともっとも低い。金額のみならず、安全確保・患者権利擁護・医療情報公開など高い質への要求に拍車がかかり、すでに医師不足や病院閉鎖、訴訟の多い科目が敬遠されるなど医療崩壊が叫ばれている。同じ皆保険導入国のカナダや英国でも、高齢者への医療制限や長い待ち時間などサービスの低下が指摘されている。米国は65歳以上の高齢者と低所得者のみに「メディケア」「メディケード」といった皆保険が導入されて
いるが、民間保険に比べサービスが劣悪とされている。

 近年,歯科大学でも医療経済の講座をおくところがでてきており、小生の地区でも昨年、ある教授に講演をしていただいた。後席でズバリ聞いてみた。スカンジナビア諸国やシンガポールのような人口の少ない先進国の医療制度でなく、改革を成功に導けるお手本となる制度の国はあるのかと? 「どの国も一長一短の問題がある、う~ん、やはりジャパン・オリジナルでいくしかないでしょう!?」との回答、――-小生の頭のなかでは、『Abbey Road』の1節”Boy, you’re gonna carry that weight, a long time”(ねぇ君はその重荷を背負っているのだよ、これから長い間ずっと)が流れ始めた。誰もがなし得ていない道を、重荷を背負って改革を遂げるのは、オバマ政権か?それとも我が国の政治家か?
冒頭の小生の米国人患者は帰り際に「人生はイロイロで、それもまた楽しいデショ~、今度ビールでもどう?」と島倉千代子張りの足取りで帰って行った。保険で根充をしている私と、別の道を選んだ彼とどちらが幸せで、どちらがこれから重荷を背負うのだろうか――!?

『米国医療崩壊の構図 ~ ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』
レジナ・E・ヘルツリンガー・著
岡部陽二・監訳
一灯社、問合先:03-5981-2071
2009年1月7日・刊、定価2,310円(税込)

◆著者略歴
レジナ.E.ヘルツリンガー(Regina E. Herzlinger)
マサチューセッツ工科大学経済学部卒業、ハーバード大学大学院にて博士号取得後、1965年~1972年政府機関、コンサルタント会社勤務後、1972年ハーバード大学経営大学院助教授、1980年からハーバード大学経営大学院教授(専門:医療経営論)

◆監訳者紹介
岡部陽二(おかべ ようじ)
1934年生まれ、京都大学法学部卒業、1988年住友銀行専務取締役、1993年明光証券取締役会長、1998年広島国際大学医療福祉学部医療経済学科教授、2001年から医療経済研究機構専務理事

評者/加藤英治
東京都開業・ITDN-Tokyo代表
連絡先:〒153-0051 東京都目黒区上目黒1-24-13 3F

(2009年9月10日、㈱モリタ発行「ザ・クインテッセンス”Quintessence“」Vol. 28 No.9 P168~169所収)

ページトップへ戻る



「日本医事新報」誌“Book Review”野中博野中医院院長書評

米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?
レジナ・E・ヘルツリンガー著,岡部陽二監訳, B5判,408頁、定価2,200円 一灯舎

我が国の医療再構築に有益な示唆を与える1冊

 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」は、最先端の医療を誇る米国でも、医療保険制度が充実していなければ必要な医療を受ける事が出来ない実態を明らかにして大きな話題を呼んだ。国民皆保険制度の我が国でも救急医療・産科・小児科などの多くの現場での医師不足が浮かび上がり、医療崩壊が叫ばれている。この医療崩壊の様々な要因には、確かに政治のかじ取りに大きな責任があるが、それだけではない。様々な要因を一つ一つ明らかにして、丁寧に解決していくことが、人命を預かる我が国の医療制度の再構築には必要不可欠である。
本書「米国医療崩壊の構図」が岡部陽二さんの監訳にて発売された。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」との推理小説風の副題がついている。ジャック・モーガンは腎臓病患者で透析医療を受けることになった。米国では腎臓病の治療は腎移植が通常であり、娘も腎臓提供の意思を持っていたにも関わらず、腎移植を受けずに死亡された。その死は患者の病状に起因するのではなく、米国医療制度のためとされている。小生は昭和48年大学病院以来現在も透析医療に携わり、一方で医師会活動において医療制度や地域医療の構築にも関わってきたため、興味深く本書を読むことができた。我が国の透析医療は昭和47年に更生医療の対象疾患になった事もあり飛躍的に進歩した。しかし透析医療は進歩したが、一方で移植医療は脳死の問題等が絡み普及できなかった。腎臓病治療の主流が腎移植である米国で、なぜ腎移植が受けられなかった理由について本書は詳細に解説しており、つまり必要な医療を受けるための諸条件を明示している。
元来、医療は患者と医療提供者との共同作業であり、互いの信頼関係無くしては良い結果は得る事は出来ない。監訳者のあとがきにも、「医療は費用の面から見るだけではなく、患者の人格を重視して十分な情報を与え、多くの選択肢の中から最適の医療サービスが選べるような仕組みを実現する事が肝要である。わが国においてもこうした全人的な医療が追及されるのは、当然の方向である。」と記載している。
本書が提唱する「消費者が動かす医療サービス」の本質が理解され、我が国の医療体制が国民と医療提供者が共同して再構築される事が望まれる。

(野中 博 ・野中医院院長)

(2009年8月15日、日本医事新報社発行「日本医事新報」p109所収)

ページトップへ戻る



「医学のあゆみ」誌“書評・Book Review”上塚芳郎東京女子医科大学教授書評

米国医療崩壊の構図一ジャック・モーガンを殺したのはだれか?』
(レジナ・E・ヘルツリンガー著,岡部陽二監訳)
●四六判,408頁、●定価2,200円+税、●一灯舎

 レジナ・ヘルツリンガー教授はハーバードビジネススクールの教授である。すでに,岡部陽二氏の監訳により2冊の著書が紹介されているが、今回はその総集編ともいえる第三弾である。“米国医療崩壊の構図”と邦訳されているが、原題はWho Killed Health Care?であり,文字どおり訳せば、だれが医療を崩壊させたか、との意味になる。
 著者は医療消費者(患者)の視点から、なぜアメリカの医療がこのような状況に陥ったのかについて分析している。ジャック・モーガンという登場人物が登場する。彼は小さな料理店の店主として成功していたが、腎不全となり、移植を受けるしか助かる道はなかった。彼の娘は腎を提供する意思があったが、結論からいえば、彼は腎移植を受けられなかった。どうして彼は腎移植を受けることができず、死ななければならなかったのか。分析の結果は、第1の犯人はマネージドケアの保険会社、第2は病院、第3は雇用審企業、第4はアメリカ議会、第5は医療政策立案者集団、となると著者は舌鋒鋭く批判している。
 よく知られているように、アメリカではHMOとよばれる保険会社の力が強くなり、医師が患者を入院させようと思っても保険会社の事前許可がなければ入院させることができない状態である。著者は、カイザーHMOの腎移植登録患者が腎移植を受けられる確率が2005年以降激減していることを通じ、カイザーHMOの腎移植プログラムの欠陥に鋭く切り込んでいる。かつて企業家精神に富むヘンリー・カイザーにより設立された名門のカイザーが、現在では利益中心主義に陥り移植治療が受けられる患者に治療の機会を与えないようにしていることはアメリカの悲劇であろう。つぎに、著者は病院も利益を守るために、料金を高くし、競争が発生しないよう、合併によりベッドの寡占化を進めていると非難する。
 第六章には医療政策立案者集団に対する批判が載っている。著者の第一作目の“医療サービス市場の勝者”の書評が世界的に有名なニューイングランド医学雑誌(NEJM)に載った。評者は同誌の元編集長だったバド・レルマンであったが,酷評された。それは同誌の伝統的なスタンスは政府が医療保険を管理する単一支払い者(シングルペイヤー)とする方式を擁護しているからであり、一方、著者は政府による介入ではなく、医師と消費者との自由な契約こそが効率的な医療システムだと主張している点、相容れないからであった。
 こうしてみると、本書の前半で、アメリカの医療を崩壊させた5つの犯人をあげたのは導入部分であり、著者のもっともいいたかった点は最後の部分にあることがわかる。著者の考えは雇用主ではなく個人が直接医療保険へ加入することにより極力5人の犯罪者の介入を防ぐことが、崩壊した医療の立て直しに必要だとのことである。
 これはアメリカでの話しであるが、わが国においても非常に参考となる考え方であり、著者の意見に賛同するかはともかく、医療政策に興味があるものにとっては必読書であろう。

(東京女子医科大学医療・病院管理学、上塚芳郎/うえつかよしお)

(2009年6月20日、医歯薬出版㈱発行、「医学のあゆみ」2009.6/20号、Vol.229 No.12,p1150所収)

ページトップへ戻る



MedicalJournarist誌・大野善三会長書評

レジナ・E・ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳 竹田悦子訳
『米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か ? 』
一灯舎刊(2,200円十税)

<その一人は医療保険会社>

 原書のタイトルは、「医療を殺したのは誰か?~2兆ドル(約200兆円)の米国医療費の問題と消費者が動かす医療」ですが、その傍に探偵小説のような副題がついています。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という問いかけです。この疑問を解いて行くのがこの本の筋ですが、最後に消費者が動かす、競争を基本とした医療制度の提案をしています。ジャック・モーガンというのは、アメリカ社会では中流の善良な市民であり、腎移植の機会を待っている間に命を落とした、健康保険に加入していた男性です。多くの被害者から作り出された人物ですが、そのモーガンが、腎移植をしなさいと主治医に命令され、非営利のHMOであるカイザー`パーマネンテに手術を申請し、HMOでこれを許可することが会社の利益を損なわないか否かを検討している間に、時間切れで彼の命は尽きてしまったのです。手術をする材料は総て揃っているのに、実施すべきかどうかの検討に時間をかけるアメリカ医療の何処に間題があるのかを分析して行きます。そして筆者は・ジャック・モーガンを殺した5つの悪者を挙げています。第1の殺人者は医療保険会祉です。この場合は・カイザー・パーマネンテです。第2は非営利の大病院、第3は雇用主企業、第4は連邦政府、第5が専門家集団、つまり医療従事者群です。本来、医療とは患者と医師の間の人問関係で成り立つ行為なのに、その間に入って細かく規定していては、お金ばかり浪費して、患者の満足度は得られません、というのが筆者の分析です。

 カイザー・パーマネンテは、1930年代に創始者、カイザーとガーフィールドの両医師が、ロサンゼルスの労働者に手ごろな値段で良質の医療を提供しようとして作った健康保険会社です。ところが、後を継いだ首脳陣が組織を大きくし、大病院を買収し、医師集団を傘下に入れて、人の命を救いたいという創業時の精神を忘れて、利益優先の管理に転換し、慈善事業かと見間違えるような非営利の病院から莫大な利益を挙げるHMOに変わってしまいました。まるで、サブプライムローンに血道をあげたウォールストリートの証券会社を思い出させる歴史です。このために、質の高い医療を手にするには、高額の保険料を払わなければなりません。ビッグ3が経営危機に陥っている原因の一つが高額の健康保険料だと言われ、医療費は現在の企業経営の根幹に位置づけられています。米国に4,600万人の無保険者がいるのは有名です。数々の機関がいじくりまわして医療の本来の姿を変え、経済問題にしてしまったと分析して、スイスの制度を参考に、消費者中心の医療制度に転換することを提案しています。これによって、患者の満足度は得られると主張します。ただ、簡単にできるわけではなく、各殺人者も細かいところにまで入り込まず、分を弁えた指導をすべきだといっています。
  医療制度のこれからを考える上で、色々勉強になる価値の高い本だと思いました。

(大野善三)

(2009年6月15日、NPO日本医学ジャーナリスト協会発行“Medical Journalist”Vol.21 No.2(通巻58号) p12 所収)

ページトップへ戻る



COML(コムル)誌「COMLにプレゼントされたBOOK紹介コーナー」書評

「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」

 レジナ・E/ヘルツリンガー著、岡部陽二監訳、
 竹田悦子訳、一灯舎、定価2,200円

 民間医療保険に加入していたアメリカ市民が腎臓移植待機中に死亡。その原因として、医療保険会社、非営利の大病院、企業、連邦政府などを挙げ、米国における医療崩壊の裏側を指摘。医療危機を打開するために患者と医療者が実態を認識してどう行動すべきかを説く。

(2009年5月15日、NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML(コムル)、Consumer Organization for Medicine & Law”」発行“COML”No.225、p5所収)

ページトップへ戻る



医学書院「病院」誌・国際医療福祉大学武藤正樹教授書評

医療を患者と医療人の手に取り戻すために

{評者; 武藤 正樹 (国際医療福祉大学教授)

レジナ・E・ヘルツリンガー著
米国医療崩壊の構図―ジャック・モーガンを殺したのは誰か?
 岡部陽二監訳、竹田悦子訳  一灯舎

 ジャック・モーガンはフレンチレストランのシェフである。意気盛んで、チャーミングで、仕事には厳しかった。こんなジャックは誰からも愛されていた。とりわけジャックの娘は父を敬愛していた。ジャックが腎臓病に罹患して腎透析を受けるようになったとき、彼女は自分の腎臓を移植用によろこんで提供したいと言っていたほどだ。しかしその願いもむなしく、ジャックは腎移植の待機中に感染症にかかり死亡する。
 誰がジャック・モーガンを殺したのか?本書ではその犯人さがしが前半の山場だ。アガサクリステイのオリエント急行殺人事件のようだ。第一の犯人にあげられたのはマネジドケア型保険を提供する保険会社だ。そしてつぎつぎとジャック殺しの犯人が名指しされる。第二の犯人は儲け主義にはしる巨大病院チェーン、第三は雇用主企業、第四は議会と連邦政府、第五は医療専門家集団だ。結局、犯人は雪の中のオリエント急行の車中でおきた殺人事件の犯人と同様、乗り合わせた乗客全員の計画的な犯罪だったのだ。
 そして本書の後半は、ジャック・モーガンを生かすための提案に費やされている。本書の結論は、医療を保険会社や儲け主義の巨大病院チェーンから、消費者(患者)と、日々医療サービスを提供する医療人の手に取り戻すことだとしている。
 具体的に著者は消費者主導型ヘルスケア(CDHC:Consumer Driven Healthcare)モデルを推奨している。そのモデルの中核をなすのが、HSA(Health Saving Account)すなわち「医療貯蓄口座」である。医療貯蓄口座は簡単に言うと医療サービスの購入に使途を限定した個人口座で、その口座は税金が優遇されるという仕組みだ。いわば「医療費限定マル優」とでも言ったらよいだろう。
 従来のマネジドケア型の保険プランでは、保険会社が利用できる病院を制限したり、保険会社が医療の内容をチェックしたりするなど、「患者の権利」を抑圧しがちだった。しかし、HSAは自分の口座なので、使途が医療サービスであれば、患者自らの選択で好きな医療機関で希望する医療を受けることができる。また、著者はこれに対応した医療提供体制として、巨大な病院チェーンではなくて、疾患ごとにフォーカスをしぼった統合的な医療サービスの提供組織(著者はこれをフォーカス・ファクトリー方式と呼ぶ)を提案している。この例としてデューク大学が行った心不全の疾病管理プログラムが紹介されている。この慢性疾病にフォーカスしたプログラムによって患者一人あたりの治療費が90,000ドル(約4割)安くなったという。
 さてオバマの医療制度改革法案の準備が年内の成立を目指して急ピッチで進んでいる。米国のぼろぼろになった医療保険制度を立て直すのに時間的余裕はない。オバマ医療制度改革の中で、本書のかかげる消費者主導型ヘルスケアモデルがどのように展開するか、その行方に注目したい。

ページトップへ戻る



「週間・ダイヤモンド」誌“Book Reviews”松井宏夫氏書評

医療崩壊は対岸の火事ではない! 今、足元が崩壊し続けている

選・評; 松井宏夫、医学ジャーナリスト

「医療崩壊」という言葉が、ごく自然に使われている。まるで「対岸の火事」、他人事のように。
 だが、それは現実に私たちの足元で燃えているのである。医師不足、救急患者受け入れ拒否、医療過誤、医師の過労死、病院破綻、地域医療崩壊……。そんななか、前向きでやる気のある「病院と医療者グループ」「自治体」「島民」が三位一体となって地域医療を守り抜いている現実を知らされた。
 忘れかけていた日本の医療の原点を教えてくれているのが「宮城県網地島離島病院奮戦記」。宮城県石巻市網地島の網小医院の安田敏明院長が開院から9年間の島での医療活動を伝える。
 人口約500人の島に栃木県にある病院の理事長が感謝を込めて「なにかできることがあれば」と申し出る。それが、医療機器のCTも揃った網小医院誕生のきっかけに。19床の離島の診療所だが、手術となれば、栃木の本院から医師が駆けつける。それでも、臨時船や救急ヘリでの患者搬送になることもある。島で死にたいと思っても、願いかなわず子どもたちのいる都市へ移る老人たちが、故郷で、これまでの暮らしのなかで死を迎えられるようになった。だが、病院は赤字……。
 やる気がないとなにもできないのが、今の日本の医療。だから、米国に基盤を置く天才脳外科医は「神の手の提言」をする。この人ならではの提言は「名医が育つ医学生教育、卒後医師教育カリキュラムにする」。学生時代に臨床研修は終えるべきと――。
 だが、米国の医療も問題だらけ。それを推理小説仕立てで読ませるのが「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」。腎臓移植を待っているあいだに命を落としたジャック・モーガン。その彼を殺した医療保険会社、非営利大病院、雇用主企業、連邦政府、専門家集団に、応分の責任があるとする。そして、後半は米国医療改革論である。
 米国の現状、改革論も考慮し、日本の医療のよさ、改革すべき点を国民全員で考え、動き出さないと、本当に「医療崩壊」を止めることができなくなってしまう。

 (週刊ダイヤモンド 2009/05・09合併号p148所収)

ページトップへ戻る



ファイザー㈱発行「まねきねこ」2009年第18号「情報ひろば」書評

Book 書籍紹介

 「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」

 消費者中心の医療サービスを実現するための道筋を示す!

 著者教授は「米国の医療は、殺されて死んでしまった」という。本来医師と患者が中心となるべき市場での競争原理が抑圧されて働いておらず、患者が市場の外に追いやられて疎外されてしまったからである。

 医療費の増大と非効率の原因は、政府が医療サービスの内容や診療報酬の細部までを事細かに規制することにある。この点は、日本も同様である。この医療危機を打破するには、患者がその実態を認識して賢く活動する以外に途はない。

 本書の提示する消費者中心の考え方は、医療関係者すべてが心すべき基本であろう。

●出版;一灯舎、著者名; レジナ・E/ヘルツリンガー、 監訳;岡部陽二、 
訳;竹田悦子、定価;2,310円、 発行年月; 2009年1月

(2009年4月1日、ファイザー㈱発行「まねきねこ」2009年第18号「情報ひろば」書評欄 所収)

ページトップへ戻る



「メディカル朝日」誌2009年4月号{Books}欄書評

「米国医療崩壊の構図^ジャック・モーガンを殺したのはだれか?」

消費者中心の医療システム構築に向け

 典型的な一市民が腎臓移植を待つ間に命を落とした原因を、医療保険会社、非営利大病院、雇用主企業、連邦政府、専門家集団といった「犯人」を探る形でアメリカの医療システムの現状を糾弾し、その改善策を提示する。
 政府がサービスの内容や診療報酬の細部まで規制し、て非効率を極め、自由競争原理が抑圧され患者が市場から疎外されているという、日本と同様な危機的状況を正す方法を展望する。

(2009年4月1日、朝日新聞社発行「メディカル朝日」第38巻第4号p82所収)

ページトップへ戻る



「医薬経済」2009年3月15日号<読書子>書評

『米国医療崩壊の構図』
著者レジナ・E・ヘルツリンガー
発行一灯舎/発売オーム社
四六判上製 408ページ/定価2310円

娘が提供を申し出た腎臓の移植手術を医療保険が認めず、待たされた末にジャック・モーガン(JM)は命を落とした。JMを殺したのは、魂を失い営利に走る保険会社、医療費を吊り上げ既得権に腐心する病院、そうした状況を受け入れる企業経営者、改革どころか擁護さえする無策の議会と政府、「米国の医療(システム)を殺した」連中である。
米国医療の荒廃の象徴としての無念の死を晴らすように、ハーバード大学ビジネス校の女性教授が、元凶が犯した悪の数々を数え上げ切り捨ててみせる異例の医療政策書である。そのうえで医療消費者の自立こそ打開の道、保険のモラルハザードを克服しながら「消費者が動かす医療サービス」CDHCの市場に進もうと、流行語にもなった持論を展開した。
過激に時代を先取りしすぎたためか、共和党主導の政治の下で制度の枠組みが整えられたCDHCは思ったほど受け入れらなかった。トレンドは、逆に、政府規制を組み込むオバマ・モデルヘの回帰を指すが、パーソナライズド・メディシンの文脈に照らして読めば、状況錯誤どころか豊かに膨らむ。

(2009年3月15日、㈱医薬経済社発行「医薬経済」2009年3月15日号 通巻1344号 <読書子>欄 p57 所収)

ページトップへ戻る



日経メディカル書評

『米国医療崩壊の構図一ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』
レジナ・E・ヘルツリンガー著、岡部陽二監訳、2,310円
一灯舎、ISBN978-4-903532-45-5,四六版,378ページ

患者中心の医療の実現には

 ある米国人男性の死を通し、米国医療が抱える問題を洗い出した書。
 著者は政府が診療報酬を決め、価格統制をすることの危険性を訴えている。医療にも競争原理を導入し、誰もが質の高い医療を受けられるようにすべきだとして、患者中心の“医療サービス”を実現するための道筋を示している。

(2009年3月10日、日経BP社発行「日経メディカル」2009年3月 号、p171 所収)

ページトップへ戻る



連合総研レポートDIO 草野忠義連合総研理事長書評

<書評>

米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?

 レジナ・E・ヘルツリンガー 著、岡部陽二 監訳・竹田悦子 訳
 一灯舎、定価2,200円+税

医療保険制度と、医療サービスの実態を鋭く分析

 評者 草野忠義 連合総研理事長

ちょうど一年前に、本誌No.224(2008年2月号)の巻頭言で「医療崩壊(虎ノ門病院泌尿器科・小松秀樹部長著)」を紹介しながら、日本の医療制度にメスを入れる必要性に触れたが、今回はアメリカの医療と医療保険制度についての本を紹介したい。
 その本とは「米国医療崩壊の構図(レジナ・E・ヘルツリンガー、パーバード大学経営大学院教授著)」である。アメリカでは約4,600万人が医療保険に加入出来ていないそうであり、そういった意味では、日本と単純に比較できないと思っていたが、この本ではアメリカにおいて医療保険に加入していながら、十分な医療サービスが受けられない実態を鋭く分析している点で、日本の医療や医療保険制度を見直す上で大いに参考になるものと思う。
 推測するに、著者も出来るだけ多くの人たちに読んで貰いたいとの思いから、「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」との副題が付けられており、ミステリー仕立てとなっている。推理小説を読むようにはいかないし、かなり内容的には重いものであるが、それでもミステリー仕立てに引きずり込まれていくような気がする。

消費者の参加不可欠

 ジャック・モーガンとは苦労の末に自分のレストランを持つことができたが、その後腎臓病を患い、移植手術しか手が残されておらず、愛する娘がその一つの腎臓を提供するとしたのに、ついには移植されることなく、命を落としてしまうという設定である。
 その命を奪ったのは何か、誰か、という筋立てである。そして第二部では、「殺人者その1・医療保険会社~機能不全の文化がもたらす死」「殺人者その2・総合病院帝国を築いた手が死をもたらす」「殺人者その3・雇用主企業~ひとつだけの『選択肢』が死を招く」「殺人者その4・米国議会~選ばれた国民の代表がもたらす死」「殺人者その5・専門家集団~エリートの医療政策立案者の手による死」と続いて、「謎解き」が進んでいく。
 各章のタイトルはかなりショッキングな付け方であるが、アメリカの医療と医療保険制度の実態が見事に分析されているのではないかと感じた。読み進むうちに、アメリカの痛烈な皮肉屋であるマイケル・ムーア映画監督の「シッコ(SICKO)」という映画と見比べてみるのも一興だと書こうと思っていたが、さすがに巻末の「監訳者あとがき」にもこの映画のことが言及されていた。
 いずれにしても、ジャック・モーガンは医療保険に加入していたにも拘らず、なぜ腎臓移植を受けられずに死を迎えなければならなかったのか、という経過が詳細に語られている。すなわち医療保険制度はあればいいというものではなく、そのあり方が問われているのだという強烈なメッセージがひしひしと訴えられている。
 そして後半は、あるべき医療と医療保険制度とその実現への道についての著者のアイディアが語られている。著者が強く主張するのは「消費者が動かす医療サービス市場」という考え方である。この考えは重要である。すなわち、専門家集団や一部の識者といわれる人達や政治家だけで作る制度には問題が多いことは事実である。消費者のニーズを的確に反映した仕組みにするためには、消費者の参加が不可欠なのは言うまでもない。
 このことは日本の医療・医療保険制度のみならず、多くの制度についても全く同じことが言えるのではないだろうか。いずれしても、その解決策には全てが同意できるかどうかについては残念ながら私の能力の範囲を超えているし、日本にそのまま当てはまるかどうかについては若干の疑問も禁じ得ないが、大いに議論すべき内容があちこちにちりばめられている。

頑張る医師たち

 とりあげたい内容はたくさんあるが、その中でも私が強い印象を持った事柄を例として二、三挙げておきたい。その一つは「なんといっても、文化こそポイント」という点である。アメリカの医療保険であるマネジドケア、そして保険システムの一つであるHMO(Health Maintenance Organization)がその文化から逸脱してしまったことで、尊い人命までもが奪われてしまう、という指摘にはわが意を得たりとの思いを強くした。(「殺人者その1・医療保険会社」の章から)
 もう一つは次のような記述である。「従来、米国議会は三つの重要な役割を担ってきた。市民の希望にしたがって、富裕層から貧しい人々へと所得を再分配すること。民間セクターでは提供できない国防のような公共サービスを提供すること。そして、制約なき市場の暴走、たとえば談合、過度の集中、嘘の広告などから消費者を守ることである。だが、医療費を抑え、質の高い医療に報いるため、議会はいまや、自ら医師の真似事をやり始めたのである」(P166「殺人者その4・米国議会」の章から引用)
 一方では著者は医師の大多数は真摯に医療に取り組んでいるとしている。しかし、現行のアメリカの医療保険システムではその努力が報われることが少ないと指摘する。
 その一つの例として、次のように書いている。「医師らは現行の医療保険システムの下で無力化されているため、大半の医師は患者が必要な治療を受けられるように、保険会社に出すレセプト診断名を偽ったことがあるという。医師たちは自分の行動の結果に不安を覚えているが、医師たちの圧倒的多数が『今日、質の高い医療を行うには制度の裏をかくしかない』と感じている」(P243「消費者が動かす医療サービスの仕組み」の章から引用)

急がれる日本の改革

 さて翻って日本の医療・医療保険制度はどうであろうか。三時間待ちの三分診療という表現に代表されるような現状、そして医療費の抑制のみに重点を置いた政治のやり方などなど、改善すべき課題は山積していると言わざるを得ない。その際、この本の指摘は必ずや参考になろう。

 私が尊敬する医学博士(大学教授)は、日本の医療の素晴らしさについていくつかの指摘をしてくれた。紙数の関係でその全てを紹介することは出来ないが、一つだけ取り上げたい。それは日本においては「医療従事者の志気は高い」ということである。このことがある限り、日本の医療制度を再構築することは当然可能である。この火が消えないうちに、国民が安心できる、そして医療従事者が誇りを持てる医療、医療保険制度の改革が急務である。

(2009年3月1日、(財)連合総合生活研究所発行「連合総研レポートDIO」2009年3月1日号No.236 p18~19 所収)

ページトップへ戻る



月刊グローバル経営書評

『米国医療崩壊の構図一ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』
レジナ・E・ヘルツリンガー著、岡部陽二監訳、竹田悦子訳
■一灯舎(発売元:オーム社)

 『ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』。ミステリーではないかと思わせるようなサブタイトルである。

 レストラン店主ジャック・モーガンは、誤った治療を受け続けた後やっと腎臓病と判明し、透析をしながら闘病。しかし病状はさらに悪化し、治癒するために遂に腎臓移植を決断した。幸い彼を愛する愛娘は喜んで健康な腎臓の1つを提供しようとし、医療保険の支払いにも間題は無い。腎移植手術は複雑ではあるが、術例も多く珍しいものではない。条件は整っている。本人も周囲の誰もが完治を信じたに違いない。しかしジャックは死んだ。それも移植手術を受けないままに……。

 筆者はジャックの死を知り、米国医療の崩壊を痛感する。そして、ジャックは単に死んだのではない、“殺された"のだと糾弾し、その殺人者を解き明かす。第1の殺人者は医療保険会社、そして総合病院、雇用主企業、米国議会、専門家集団と、その理由を挙げて分析し、特定していく。

 手術を先延ばしすれば医療ミスにはならない。しかしそのことにより、手術を受けるチャンスすら得られずに死んでいく人もいる。ジャックが加入していた保険会社カイザーの契約者は、腎移植を待つ間に100人以上が命を落としている。医療保険に入っているからといって決して安心できない米国の医療実態が次々と浮き彫りにされていく。実に年2兆ドルに及ぶ巨額の医療費を取り合い、支配しようとする殺人者たちには“医療費を払っている消費者のために"という意識は無い。

 筆者は、他産業のように医療分野でも“医療消費者"が声を上げるべきであると説き、崩壊した米国の医療システムを立て直すための具体的な道筋を示す。GM経営危機の一つの要因も多額の医療コストと言われ、4700万人とされる無保険者も、この不況下でさらに増加しているであろう。医療の社会や企業・個人に与える影響の大きさを考える時、懐然とさせられる。日本の医療や保険もほころびが目立ち、決して対岸の火事ではない。

 なお本書は、『医療サービス市場の勝者』(1997年)、『消費者が動かす医療サービス市場』(2003年)の完結編である。(m)(19cm,371ペ一ジ、2200円十税、2009年1月刊)

(2009年3月1日、社団法人・日本在外企業協会発行「月刊・グローバル経営」March 2009 号、p37 所収)

ページトップへ戻る



トップポイント誌書評

「一読の価値ある新刊書」を紹介するTOPPOINT <One Point Review>

『米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』

レジナ・E・ヘルツリンガー著、一灯舎、2009年1月7日発行、本体2,200円
1SBN978-4-903532-45-5

米国では、医療費の増大や医療の質の低下が問題になっている。その背景にあるのは、患者と医師の間に政府や医療保険会社などが介在し、それが消費者である患者の二一ズを蔑ろにしている、ということだ。そうした米国医療の問題点を浮き彫りにし、消費者中心の医療サービスを実現するための道筋を提示する。
主要目次; 1部 米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か/ 2部 緩やかな死への歩み/ 3部 あるべき医療~消費者が動かす医療サービス市場/ 4部 消費派が動かす医療サービス~実現への道、アメ、ムチ、法律

(2009年3月1日㈱パーソナルブレーン発行「トップポイント」Mar.2009 p46所収)

ページトップへ戻る



「ジャパン・メディカル・ソサエティー」誌 日本医療経営学会 会長・医学博士 広瀬輝夫先生書評

Japan Medical Society(JMS)<医学書喫茶>

米国医療崩壊の構図
~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?

【著者】レジナ・E・ヘルツリンガー
【監訳】岡部陽二
【訳】 竹田悦子
【発行】一灯舎
【発売】オーム社
【体裁】四六判、上製、371ページ
【定価】2,310円(税込み)

評者
 日本医療経営学会理事長、プレメディカル東京学長
 元ニューヨーク医科大学臨床外科教授

廣瀬輝夫

 著者はハーバード大学経営大学院教授で、医療経営学が米国で創始された1970年ごろから30年以上、その第一線で研究・教育活動に勤しんでいる。本書は腎臓移植待機患者が営利的集団保険会社の絡む治療により死亡したことを劇的に描写して、米国の政管保険や集団保険の制度が患者から医師・医療機関の選択の自由を奪い、医師に医療研究への進取の意欲を喪失させ、専門医間の患者のたらい回しを促進させ、さらに製薬会社の利潤を増長させ、医療費の高騰を招いているといった事実を指摘する。米国で医療崩壊が起こっていることを知り、そこから学ぶための時宜に適した一冊である。

営利的市場原理導入は打開策になるか?

 著者はそうした問題の打開方策として、自由市場原理による営利的経営を挙げる。営利的市場原理の導入が国民皆保険を達成させ、米国で現在4300万人に及ぶ無保険者の救済、および生活困窮者補助保険(メディケイド)、高齢者・身障者保険(メディケア)の改善になると述べ、日本も営利的市場原理に基づく保険を政府主導の医療保険に代えて導入することを推奨している。
 しかし、日本の国民皆保険は世界唯一の制度である。患者中心の医療のために民間医療における自由競争は促進すべきであるが、営利的市場原理の導入は国民皆保険の破壊につながるので避けるべきである。いわゆる医療経済学者と政府官僚による、医療施行を阻害する制度の強化・強制、さらに医療費削減のための診療報酬切り下げ、患者の自己負担増加も避けるべきである。
 本書は、私が過去20年にわたって十数冊の著書で指摘し警鐘を乱打してきた、米国医療の日本への直輸入の危険性を裏付けるものである。米国で医療の質の低下と医療費高騰の元凶となった営利的市場原理を肯定する結論以外はすべて読者の参考になると信じ、一読を勧めるものである。

【目次から】
第一章 医療サービスが崩壊した日
第二章 殺人者その一 医療保険会社~機能不全の文化がもたらす死
第三章 殺人者その二 総合病院~帝国を築いた手が死をもたらす
第三章補遺 病院の診療報酬を減らし、医療の質を高める技術革新
第四章 殺人者その三 雇用主企業~ひとつだけの「選択肢」が死を招く
第五章 殺人者その四 米国議会~選ばれた国民の代表がもたらす死
第六章 殺人者その五 専門家集団~エリートの医療政策立案者の手による死
第七章 消費者が動かす医療サービスの仕組み
第八章 消費者が動かす医療保険給付~諸外国や他産業からの教訓
第九章 アメ~医療ビジネスの起業家精神を花咲かせよう
第十章 ムチ~情報の流れをよくしよう
第十一章 消費者が動かす大胆に改革された医療システム~法律と立法議員

(2009年2月25日、㈱ジャパン・メディカル・ソサエティー発行「JMS」2009年3月号、p77所収)

ページトップへ戻る



㈱ビジョンヘルスケアズ「会員情報」同社社長石田章一氏書評

<会員情報>米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」を監訳・刊行

(財)医療経済研究・社会保健福祉協会の岡部陽二氏が、「米国医療崩壊の構図“Who killed Healthcare”~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」を監訳し、刊行されました。原著者は、レジナ・E・ヘルツリンガー・米ハーバード大経営大常院教授。
 腎臓移植を待つ間に命を落とした典型的なアメリカ市民の事例をもとに.現在のアメリカの医療が「医療費の増大」「医療の非効率」「質の低下」の点で崩壊の危機にあり、その原因が、政府による医療サービスの内容や診療報酬の細部にわたる規制であると指摘。その上で、消費者(患者)中心の医療サービスを実現するだめの道筋を示しています。
 原著者による「医療サービス市場の勝者J「消費者が動かす医療サービス市場」に続く三部作の完結編ともいうべき本書について岡部氏は「私の最後の仕事として翻訳出版しました。わが国の医療界への示唆に富んだ内容です。多くの人に読んでほしい」と話しています。

 竹田悦子訳、発売元:オーム社、発行所・一灯社、四六制408ページ、2,200円十税

 (2009年2月24日、㈱ビジョンヘルススケアズ発行「会員情報」p2所収)

ページトップへ戻る



週刊・社会保障誌・日本福祉大学・二木立教授書評

週刊・社会保障<この一冊>

『米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』
レジナ・E・ヘルツリンガー著、岡部陽二監訳、竹田悦子訳
一灯舎、本体2,200円

 本書は全4部11章で構成される。第1・2部はアメリカ医療の告発編、第3・4部はアメリカ医療の改革編と言える。

 告発編の構成は『オリエント急行殺人事件』ばりの推理小説仕立てである。第1章で、医療保険(HM0)に加入していたにもかかわらず腎移植手術を受けられずに死亡した仮想的患者ジャック・モーガンの悲劇が示され、第2-6章でその犯人(「殺人者」)探しが行われる。犯人は、医療保険会社、総合病院、雇用主企業、米国議全、専門家集団であり、彼らは共犯関係にあるとされる。

 まず、医療保険会社に関しては、「高品質で効率のよい医療を患者に提供する」ことを目指して生まれたマネジドケア運動が、最悪のビジネスに転換したことが批判される。以下、「医療の質が低く、医療費が高い」総合病院、従業員から医療保険の選択肢を奪う雇用主企業、無用な規制を導入した米国議会が批判される。日本でも最近注目されている「成果支払い」も新たな規制と批判される。五番目に批判されるのは専門家集団であるが、批判の対象は医師ではなく、医療公共政策を分析・提言するエリートの専門家集団である。

 第3・4部改革編では、まず第7章で、「消費者が動かす医療サービス市場」(著者の造語)の仕組みが紹介される。これは、消費者が革新的医師・専門病院と協働して、治療法を自己選択するシステムであり、低所得者には補助金を支給するなどして、全国民に、免責額は高いが保険料は安い医療保険の購入を義務づけ、節約した医療費は個人医療貯蓄口座に貯めておくものである。これにより、患者は「同じ価格で最高の価値を提供してくれる医療機関と契約する」ことになり、医療費を抑制しつつ、医療の質を高めることが可能になるとされる。第8-11章は、改革の各論であり、諸外国や他産業からの教訓、これを実現するためのアメとムチ、法律と政府(連邦・州)の役割が示される。

 本書は、二重の意味でユニークなアメリカ医療改革論である。一つは、市場主義の立場から、アメリカ医療を崩壊させた者を激しく告発していることである。従来、既存の医療制度への「全面攻撃」は左派のものと相場が決まっていた。もう一つは、市場主義の立場から、「消費者が動かす医療サーピス市場」の実現により国民皆保険を達成することを主張していることである。従来、市場主義者は国民皆保険制度に頑強に抵抗していた。

 ただし、著者の主張には疑問もある。一つは、昨年勃発した世界金融危機により、市場原理の限界が誰の目にも明らかになっているにもかかわらず、規制のない市場を礼賛していること。もう一つは、医療の質の向上と医療費抑制の両立は不可能であるという医療経済学の膨大な実証研究を無視して、小売業等の限られた経験に基づいて、それが可能だと主張していることである。

評者;日本福祉大学教授 二木立

(2009年2月23日、㈱法研発行「週刊・社会保障 2.23」No.2519 p36所収)

ページトップへ戻る



日本医療法人協会「新刊紹介」

【新刊紹介】
『米国医療崩壊の構図一ジャック・モーガンを殺したのは誰か?』

レジナ・E・ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳 竹田悦子訳
一灯舎発行/オーム社発売/定価2,200円十税

 本書は、米国の医療改革を消費者主導で進める運動の急先鋒として知られるヘルツリンガー教授(ハ一バード・ビジネス・スクール)が著した3冊目の邦訳。こく平均的なアメリカ人が腎不全から腎臓移植を待つ問にタライ回しされ、自分の娘からの腎臓提供の申し出がありながら亡くなった悲劇をテーマに生々しく、かつ具体的に“殺人者”一人ずつの悪行を追及し、その原因を究明した迫真の書。

 日本でも最近、脳梗塞の妊婦が出産にあたり、数多くの病院から救急搬送受け入れを断られて一命を落とすケースがあったばかりであり、ヒトゴトではない。高度に発達した資本主義社会での医療制度には、いろいろ複雑な問題が絡まっていて、もはやコントロ一ルできなくなっている。

 その結果、消費者つまり患者は、既得権益によって圧殺され、質の悪いサービスに高額の医療費を支払わされている。

 「消費者個人の目発的活動と、小さくても効率のよい病院経営とが自由公正に機能するように、政府や圧力団体の規制を極力排除すべし」との主張には、説得カがある。本書は、日本の医療改革のための一つの試案として読むこともできるだろう。

(2009年2月15日、日本医療法人協会発行「日本医療法人協会ニュース」No.296 p29 所収)

ページトップへ戻る



社会医療医療研究所「社会医療ニュース」

ご一読をお薦めします!
「米国医療崩壊の構図」
―ジャック・モーガンを殺したのは誰か?―

原題は「Who Killed Health Care?」

アメリカのヘルスケア・コストは対GDP比でも、わが国より高い。
サービスのマンパワーは、平均在院日数が短いから多くなるのは当然だ。本書を読んで思うことは、医療は中間搾取者が介在すると質が低下し、価格が高くなることだ。またわたしが巨大病院を視察しなくなったのも、そこに搾取を感じていたからだ。地域に根差した「地域病院」はよい。おりしも、この地域医療の提供者がわが家に来るので、ディスカッションしようと思っている。誰が、アメリカのヘルスケアを殺したと思いますか?!

社会医療研究所 岡田玲一郎

(2009年2月15日、社会医療研究所発行「社会医療ニュース」Vol.35 No.403 p8 所収)

ページトップへ戻る



医療経済研究機構「Monthly IHEP」誌 慶應義塾大学総合政策学 部 印南一路教授書評

レジナ・E・ヘルツリンガー著
岡部陽二 監訳 竹田悦子 訳
「米国医療崩壊の構図―ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」

A5判 371頁 定価2, 200円
[ISBN978-4-903532-45-5] オーム社 2009年刊

[評者] 印南 一路 慶應義塾大学総合政策学部教授

 本書は、1997年に刊行された「医療サービス市場の勝者」、2003年に刊行された「消費者が動かす医療サービス市場」に続く完結編である。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という刺激的なサブタイトルの通り、内容はカイザーHMOの会員で腎臓移植待機患者であったモーガン氏(仮想)が、腎臓移植を受けられずに死んだ原因追究を軸に展開する。そして、モーガン氏とともに米国の医療システム自体が、医療保険会社、非営利の大病院、雇用主企業、議会・連邦政府、専門家集団という5人の犯人によって、殺されてしまった(崩壊した)とする。
 前著書2冊のタイトルから推察されるとおり、著者が主張するのは、徹底した消費者中心の市場主義の回復である。革新的な医療プランを生み出す企業家・医師と、情報識別眼とモラルを備えた消費者がタッグを組み、医師と消費者以外の第三者である5人の犯人から、医療システムを取り戻すことを主張する。
 まずは、医療費抑制に汲々とし、必要な医療の提供と患者の満足度に関心のない保険会社と、非営利と称しながらもうけ主義で、組織の肥大化に伴い効率を失っている大病院を批判する。画一的な医療保険の提示しかしない雇用主から消費者主体の保険選択に戻し、医師に任せるべき医療の内容にまで口をはさむ議会・政府から医師と患者の自由を取り戻し、消費者の選択能力を疑う専門家集団による過剰介入を排除すべきだという。
 米国の医療システムに関する関心は大きい。世界一の医療費水準(対GDP比15%)と数千万人に上る無保険者の存在が、米国医療の特異性を物語る。この2つが、かつては日本でも関心を集めていた。が、近時は日本における小泉・竹中路線の医療改革、さらに医療崩壊となぞらえ、過剰な市場主義による失敗として捉える見方が出ている。
 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」は、本書同様、民間の医療保険に加入しながら適切な保障が受けられなかった多くの中流層の人々の物語を通して、米国の医療システムを批判する。批判の相手は、医療現場で利益をあげている医療保険業界と製薬業界、さらにこれらの業界と癒着した政治家たちで、ある意味本書と共通する。しかし、ムーアがカナダやイギリスの例を引きながら、弱者を切り捨てる市場主義を排除し、国民皆保険制度の導入を訴えるのに対し、本書はむしろ市場主義の復権を訴えるのが根本的な違いである。
 同じ市場主義という言葉を使いながら、ムーアは批判し、本書は推奨する。両者の違いはどこから来るのであろうか。一言で言うと、ムーアや他の同調論者がいう市場主義が、競争主義、営利主義に重点を置くのに対し、本書がいう市場主義は、草の根資本主義あるいは徹底した消費者主権主義であるところにある。ムーアらがどちらかというと、無保険者らの「弱者」に注目し、政府の介入を推奨するのに対し、本書や米国人の多くは、民間保険に加入しながら十分な医療を受けられない一般市民に焦点を当て、政府の介入を最小限にしようと主張する。この違いを念頭に置いて本書を読めば、日本における医療改革論議との結びつきも出て、より面白いかもしれない。
 著者であるヘルツリンガーは、ハーバード大学経営大学院の教授で、「モダン・ヘルスケア」誌からは、「医療政策のおける最も強力な100人」の一人に選ばれている。本書で展開される議論は明快で説得力に富み、読みやすい。前著書2冊と同様、翻訳はこなれており、監訳者のあとがきも非常に示唆に富む。米国の医療に関心のある専門家はもちろん、広く医療に興味のある一般読者にも必読の書であるといえるだろう。(1486字)

ページトップへ戻る



医療タイムズ社発行「医療タイムズ」2月号 林兼道社長書評

米国医療崩壊の構図

昨年末、「米国医療崩壊の構図“Who Killed Health Care"」というタイトルのまことに挑発的な本を監訳し刊行した。副題は「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」とあり、殺人ものミステリーのスタイルで、謎を解いていくような物語だ。原著者は米ハーバード大学経営大学院レジナ・ヘルツリンガー教授。アメリカの医療は「医療費の増大」「医療の非効率」「質の低下」でまさに崩壊の危機に瀕しているとし、その原因を明らかにして消費者(患者)中心の医療サービスを実現するための道筋を示した。実は原著者の3部作で、前々著「医療サービス市場の勝者」、前著「消費者が動かす医療サービス市場」に続く完結編ともいうべき内容。「私の最後の仕事として翻訳出版しました」とほっとした表情をみせながら、「わが国の医療界への示唆に富んだ内容です。多くの人に読んでほしい」と願う。

 岡部氏は旧住友銀行(現三井住友銀行)出身で、4分の1世紀にわたり国際金融業務に携わり、専務取締役まで務めた国際派のバンカー。退職後は証券会社の会長を経て1998(平成10)年4月、63歳の時、ひよんな出会いから広島国際大学福祉医療学部医療経営学科教授に迎えられた。この大学は当時の広島大学の原田康夫学長らの肝いりにより、高齢社会に向けて医療福祉分野で国際的視野をもった指導的職業人育成を目的に設立されたユニークな大学。羽田一広島間を7年間通い、国際経営論を講じた。それからさらにOl年になってまたまた請われて厚生労働省のシンクタンク「医療経済研究機構」の専務理事として迎えられた。今年で8年目になる。「それにしても、人と人との出会いは不思議、かつまことに貴重なものです。最近つくづくその大切さを噛み締めております」。岡部氏の温厚な人柄と国際的視野と見識、学究的な誠実さは人を惹きつけて離さない。74歳になるが、まだ若々しい。金融、証券業界からも頼りにされている。昨今の国際金融危機について、「実体経済への波及は大きいが、100年に一度の金融危機といわれているものの意外に早く収拾するだろう。少し騒ぎすぎではないか」と冷静な見方をしている。

 現職の医療経済研究機構は、厚労省の中の主として医政局、保険局、老健局にかかわるシンクタンク。所長は一橋大学名誉教授の宮澤健一氏。研究面では医療・介護、社会福祉分野の経済への波及効果、特に雇用誘発効果について、「社会保障分野の雇用創出効果は、他の公共事業より大きな優位性を持っている」との論文は注目された。政府の不況対策予算の裏付けとして活用され、存在感を増した。岡部氏は研究費や研究員の確保に尽力する。機構は今年で15年目、職員は30人。独立した研究機関で、特別に優遇されているわけでもない。研究費も公募の入札で競争しながら受託しているという。この4月からは研究部長として慶應大学総合政策学部(湘南藤沢)政策・メディア研究科の印南一路(いんなみいちろ)教授を迎える。印南教授は東大法学部卒。シカゴ大学博士課程経営学研究科(組織論)、ハーバード大学修士課程行政大学院(公共政策)修了。「経営学」(組織論)で博士号を取得する。シンクタンクとして「機構」は新年度からさらに充実することとなる。

 岡部専務理事は東京・中野区生まれながら、父親の仕事の関係で京都と兵庫の小・中学校、京都府立洛北高校を経て京都大学法学部卒。戦後旧満州で過ごした2年間を除き京都育ち。好奇心に富み、趣味も鉱物採集、囲碁、音楽と多彩。子ども3人は結婚し一時は全員が米国在住だったという。医療界シンクタンクにこういう国際派が存在することはまことに心強いことだ。

財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会医療経済研究機構専務理事
元住友銀行専務取締役
岡部陽二氏
1934年生まれ。57年住友銀行入行。国際投融資部長などを経て84年取締役ロンドン支店長、85年回常務取締役(欧州駐在)、88年専務取締役、93年同行退職、明光証券(現SMBCフレンド証券)会長、98年広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授。2001年医療経済研究機構専務理事。

(2009年2月12日、医療タイムズ社発行「医療タイムズ」2月号 No.1903 p31所収)

ページトップへ戻る



日本医業経営コンサルタント協会「月刊・ジャーマック」誌 国立保健医療科学院 岡本悦司先生書評

米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?レジナ・E・ヘルツリンガー著、岡部陽二監訳、竹田悦子訳、一灯社刊、2,310円(税込)

 チーム・バチスタもどきの刺激的なサブタイトルが示すように、米国医療の問題点とその解決策をミステリー風タッチで描いた警鐘の書である。ジャック・モーガンという患者が死んだ。彼の生命は「救えたはずの生命」だった。否、殺されたのだ。米国の医療制度に…。
 犯人さがしが始まる。殺人者としてリストアップされたのは5人。筆頭はむろん保険会社。しかし糾弾はそれだけにとどまらない。病院、雇用主の企業、議会そして、あろうことか、医療政策立案に携わる専門家集団までにも矛先が向けられる。まさにアメリカの全エスタブリッシュメントに対する宣戦布告である。
 こんな筆をふるえば、当然ながら、同数の敵と味方を作る。訳者、監訳者は著者の長年の味方であり、「医療サービス市場の勝者(2000年)」、「消費者が動かす医療サービス市場(2003年)」、そして本書と、3冊続けての訳出である。著者との意思疎通も密なだけに、訳文も正確かつ読みやすい。
 前2作のタイトルが示すように、著者は市場原理の信奉者である。したがって「敵」は反市場原理者となる。そして最大の敵は、皮肉にも、ハーバード大医学部と密接で世界一の医学誌、ニューイングランド医学雑誌である(著者はハーバード大経営大学院の教授)。
 同誌が前著「消費者が動かす医療サービス市場」の書評を掲載したが、評者が同誌元編集長でコチコチの保守派として著名なアーノルド・レルマンだったこともあって酷評された。著者は、レルマンを評者に選んだことに抗議の手紙を書くも編集部は掲載を拒否。著者は、よほど腹にすえかねたのか、「レルマンが利害関係企業のストックオプションを○株
分、〇十万ドル分持っていた」云々と、報道を引用するかたちで暴露している。矛先はさらにレルマンの後任編集者にさえ向けられた。
 こういったエピソードも正確にニュアンスが訳出されており、読者を飽きさせない。著者はハーバード大学経営大学院でも、歯切れのよい講義で最も人気のある教授とのことだが、たしかにその文体は学術書らしからぬ痛快さがある。
 では、著者はどんな制度を主張するのか?5人の殺人者をさんざんこき下ろした後、本書の後半は著者が描く具体案の説明に費やされている。その中身は読んでのお楽しみとしたいが、確実にいえるのは日本の医療政策立案者にとっても容易には受け入れがたい内容、ということ。もっとも「敵」に回すとコワそうな人なので面と向かって酷評する人は少ないであろうが…。
(国立保健医療科学院岡本悦司)
この本についてのお問い合わせ:一灯社03-5891-2071

(2009年2月1日、日本医業経営コンサルタント協会発行「月刊・ジャーマック」p32 所収)

ページトップへ戻る



日本対がん協会、垣添忠生先生書評

医療経済研究機構専務理事 岡部陽二様監訳
「米国医療崩壊の構図」書評
垣添忠生・日本対がん協会会長

 医療経済研究機構の岡部陽二専務理事の監訳で、「米国医療崩壊の構図」が一灯舎から出版された。竹田悦子氏の訳で371ぺ一ジのしっかりした書物であるー―体2200円。

 著者はハーバード大学経営大学院レジナ・E・ヘルツリンガー教授で、長年にわたり米国医療・医療経営論、経営工学論などの研究を続けてきた人である。

 ヘルツリンガー教授は、米国医療費の総額が2兆ドル、つまり、中国一国の経済規模に等しい莫大な投資を行っているにも関わらず、一般の人たちが受ける医療は崩壊している、と指摘する。医療保険はあまりに高く、しかも保険会社が定める保険適用範囲は厳しく、病人の中には保険に加入しているのに必要なサービスを受けられない人がいる。一方、4,600万人もの無保険者がいる社会は、どう見ても正常とは思えない。さらに高齢者と貧困層のための保険、メディケア、メディケードが赤字で、その医療費の一部は借入金を財源としている。つまり、子孫に苦い遺産を残しつつあるといえよう。

 わが国でも医療崩壊が叫ばれているが、米国の場合の医療崩壊はわが国とは質を異にする。著者は「消費者中心の医療サービスを実現するための道筋」を示すために本書を執筆した、とある。すなわち、本来、医療は医師と患者が中心となるべき市場の競争原理が正常に働かず、患者も医師も市場の外に追いやられ、疎外されていることが米国医療崩壊の原因だとしている。この医療危機を打開するには、患者が事実を正しく理解して賢く行動する以外にないと指摘する。

 その通りだろうが、その実現にはきの遠くなるような努力が必要と思われるし、多大な政治力も求められよう。その工程表は残念ながら示されていない。しかしながら本書には、わが国の医療制度を考える上で、参考となるいくつもの重要な指摘があり、医師を中心とする医療従事者、患者はもちろん、医療関連企業の経営者にも大いに参考となろう。

(2009年2月1日、財団法人・日本対がん協会発行「対がん協会報」第542号 p3 所収)

ページトップへ戻る



「医療タイムズ」1月号 林兼道社長書評

「医療タイムズ」1月号 No.1902 p42

日本だけではない。米国の医療も崩壊している。米国のそれは無保険者の問題ではなく、医療保険に加入しながら、十分なサービスが受けられない悲惨な現状にあることをまず明らかにする。「私たちはあまりにも不十分な医療サービスにお金を払い過ぎている。本書は機能不全に陥っている巨大HMO(民間医療保険組織)やメネジドケアに挑戦し、真に『消費者が動かす医療サービス市場』に変革すべき」との立場から、医療費増大と医療の非効率、質の低下の原因を明らかにし、消費者中心の医療サービス実現のための道筋を示した医療政策論。著者のレジナ・E・ヘルツリンガー教授は米ハーバード大経営大学院MBAコース教授。1997年に「医療サービス市場の勝者」、2003年に「消費者が動かす医療サービス市場」の2書を出版しており、これを踏まえて3部作として集大成したのが本書。邦訳は現医療経済研究機構専務理事で元住友銀行専務、広島国際大学医療福祉学部教授が監訳した。そもそも本書の狙いは、政府が医療サービスの内容や診療報酬の細部についてまでこと細かに規定すること自体に医療費増大と非効率の原因が潜んでいることを明らかにしたもので、わが国の医療崩壊を再生させるための示唆がある。

(2009年1月12日、医療タイムズ社発行「医療タイムズ」1月号 No.1902 p42 所収)

ページトップへ戻る



「日経ビジネス・オンライン」2009年1月9日号

<日経ビジネス・On Line 書評>
2009年1月9日 金曜日 神谷秀樹

サブプライム化する米国の医療

「米国医療崩壊の構図」~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?

レジナ・E・ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳 一灯舎

 本書は米国医療システムに関して論じるヘルツリンガー教授(ハーバード経営大学院)の三冊目の翻訳書である。基本的には二部構成で、前半が現在の米国医療サービス市場の診断書、後半がその病根を治療する処方箋となっている。

 診断書の要点はジャック・モーガンという腎臓疾患患者が、民間医療保険を持ちながらも移植が間に合わず亡くなった理由を、一つのケース・スタディーとして追求し、医療保険会社、非営利大病院、雇用主企業、連邦政府とあらゆる種類の規制に関して意見する専門家集団の全てに、応分の責任があることを解明して行く。

人間の基本的人権がないがしろにされる米国

 著者は、米国の医療サービス業界には非営利団体を含めて強欲がはびこっているとし、それに対して激しい言葉で糾弾している。経営者の強欲、患者にとっては意味の無い組織拡大志向、利益追求型の経費削減、無責任な関係者のサボタージュが、ジャック・モーガンを殺してしまった。それは米国で決して例外的なものではなく、日常化していると教授は指摘している。

 加えて、無保険者は、保険会社の保護を受けることもないことから、最も搾取し易い対象となり、法外な医療費を請求され、取り立てられ、個人破産に追い込まれるという事実も紹介されている。

 米国の個人破産の実に27%が、医療費負担に耐えられなくなったことによるものだという。これは何かが狂っているのであり、米国が最先進国でありながら、基本的な人間の尊厳さえ護られていない事実が示されている。

 その処方箋として、著者は市場主義を導入すると言う視点が最重要で、これを阻害するような規制をすべて排除することだという。著者はこのプロセスを金融市場とのアナロジーで、納得のいくように説いている。

 本書はウオ-ル街が自爆した2007年以前に書かれたものであり、当時の繁栄する金融市場を教授が好意的に評価したのはいたしかたない面もある。だが、米国に居住する者として、著者が言うように、米国の医療サービス市場に、強欲が強烈に膨らんだ金融市場と同様の規制緩和路線を持ち込むことには、賛成できない。

ファンドが投資し始めた米国の医療現場

 確かに米国には「医療機関が直接患者にサービスを提供し、価格メカニズムが働く」部門に老人介護施設がある。だが、こうした施設にカーライル・グループ、ウオ-バーグ・ピンカスなどのプライベート・エクイティー・ファンドが参入した実態を見ると、手放しで市場主義の導入に賛成できない。

 これらのファンドは、株主の利益のみを追求するがために、被介護者や、介護にあたる職員を、いかにして“搾取”しようとしているかが分かる。彼らは利益を追求するためには、規制などお構いなしの態度を取る。もちろん不要で賞味期限切れの規制は廃止なり改変が必要だが。

 著者は市場主義を導入しても、個人が十分な情報を得られれば合理的な選択ができるようになるという。ただし、これも素直に賛成しかねる。米国では個人の自己責任に任せた結果、多くの人が危機に瀕している。

 確定給付型から確定拠出型年金に移行した勤労者の多くが、今回の経済危機で年金の半分以上を失っている。サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題でも、消費者が「あなたも自分の家を持てる」という夢に乗せられ身分不相応な住宅を購入し、最終的に今後4年間で800万所帯が売りに出されるという予想が出ているのが現状だ。

消費者の自己責任論が招く結果は、「納税者による丸抱え救済」

 こうした現状を見ると、著者の理想が医療サービス市場で実現するのは、「非常に困難」と判断する方が妥当だ。金融市場の失敗が語っているのは、市場主義と、消費者の自己責任論が招く結果は「納税者による丸抱え救済」に帰着する、ということである。

 著者の書いた米国の医療サービス市場改革の“処方箋”については疑問を感じる部分はある。しかし、医療現場の病根を指摘した“診断書”は的を射ている。

 医療サービスに関して、国民が満足できるものが機能している国は非常に少ない。その意味で本書は、自分たちの国が抱えている医療の問題点を探り、改良を図っていくうえで、研究者、行政の関係者、医師、保険会社、そして患者など生活者に参考になるはずだ。

<著者プロフィール>

神谷 秀樹(みたに・ひでき)
ロバーツ・ミタニLLC創業者兼マネージング・ディレクター

1953年東京都生まれ。小学校時代をタイで過ごし、75年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、住友銀行入行。ブラジル・ミナス・ジェライス連邦大学留学を経て、84年ゴールドマン・サックス証券に移籍。92年に日本人では初めて米国で投資銀行の「ミタニ&カンパニー・インク」を設立、95年に「ロバーツ・ミタニLLC」に社名変更。米国在住。著書に『ニューヨーク流 たった5人の「大きな会社」』『さらば、強欲資本主義』(いずれも亜紀書房)、『強欲資本主義 ウォール街の自爆』(文春新書)がある。これまでに大阪府海外アドバイザー、フランス国立ポンゼショセ大学国際経営大学院客員教授などを兼務。

ページトップへ戻る



国際金融誌1月号 石田護氏書評

「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」
  ハーバード大学大学院教授 レジナ・ヘルツリンガー著
  医療経済研究機構専務理事 岡部陽二監訳

 “Who Killed Health Care”、タイトルからして、まことに挑発的な本書は、実際にも殺人ものミステリーのスタイルで書かれている。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という謎を解いていく物語である。ジャックは腎臓移植を待っている間に命を落としてしまった犠牲者である。「オリエント急行殺人事件」と同様に、この殺には多数の殺人者が絡んでいて、その謎を解くのは難事である。
 彼ら殺人者は五人で、医療保険会社、非営利の大病院、雇用主企業、連邦政府、それに専門家集団まで加わっている。被害者のジャック・モーガンは、カリフォルニア州を本拠とするカイザー・パーマネンテの医療保険に加入し、腎臓移植を待っていた善良な市民である。
 事件はカイザー保険に加入していた腎移植候補患者一一二名が、二〇〇五年中に死亡したことが明らかとなったもので、ジャック・モーガンはこの惨事の経験から合成して創りだされた典型的な医療被害者である。後日わかったことではあるが、カイザーの腎臓移植の待機リストに載っていた一一二名のうち、二五名には移植されるべき臓器が用意されていた。ところが、実際には移植手術は一件も行われなかった。誰かが彼らを殺そうと意図したわけではなかったが、彼らが殺されたことに変わりはない。
 そこで、カイザーのどこに欠陥があったのか、このミステリーの犯人探しが始まる。カイザーは高度な先進医療を実現しようという志の高い医師たちによって創設され、この臓器移植計画自体は悪いものではなかった。それにもかかわらず、この医療システムが間違った方向へ進んだのは、マネジドケア保険が商業化し、保険会社が医師に対して医療費の節約を強要するといった、当初の意図とは反対のことが行われた故である。
 著者のレジナ・ヘルツリンガー教授は「米国の医療は、殺されて死んでしまった」と判断している。それは、自由な市場での競争原理が抑圧されて働かなくなり、本来市場の中心に位置すべきである医療消費者(患者)が、外へ追いやられて完全に疎外されてしまったからである。そこで、消費者が無理なく支払える価格で、高い質の医療サービスを提供するにはどうすればよいか。著者は、さきに挙げた五人の殺人者を排除して、消費者と医師との直接交渉を重視することが出発点になると考えている。
 翻って、国民皆保険を誇っているわが国においても、画一的な医療費抑制政策への批判に加えて、後期高齢者医療制度への批判など、医療・介護問題への国民の関心は一段と高まりを見せている。この財源を医療保険で賄うためには、税金を上げるか、保険料を上げるか、自己負担を増やすかしかないが、それは消費者の選択の問題であるとの認識が欠如している。消費者の期待を満たす方向で改革を進めるに当たって、本書が提示してくれている消費者中心の考え方は、医療関係者はもとより医療サービスを利用する個々人が心しなければならない基本ではなかろうか。 

(評者 石田護 伊藤忠商事㈱理事)

2008年12月26日、(財)外国為替貿易研究会発行「国際金融」2009年1月1日付け第1196号p93所収)

ページトップへ戻る



監訳者の論説・エッセー

「今月のキーパーソン・岡部陽二氏」月刊メディカルクオール大根健一氏インタビュー

「適度な負担が伴うことによって、医療の内容とそれに必要なコストを個人が感じるようになることで、医療サービス市場が正常化するのだと思います」

医療経済研究機構専務理事。元広島国際大学教授岡部陽二氏

インタビューアー ●本誌 大根健一

「皆保険化」が大統領選挙の大きな争点となったように、アメリカ医療は瀕死の状態にある。ハーバード大学経営大学院のレジナ・E・ヘルツリンガー教授が著した『米国医療崩壊の構図』が今年一月、わが国内でも発行された。監訳に当たった岡部陽二氏は、崩壊した米国医療のシステムから、日本医療が学ぶべき点は多々あることを指摘する。

広島国際大学で「国際経営論」指導
国際金融マンが教材に選んだ米医療

―― 先生が監訳された、同じくヘルツリンガー教授の『米国医療崩壊の構図』(一灯舎刊、オーム社発売)が今年一月に発行されました。その経緯と発行のねらいは?

岡部 実は、『米国医療崩壊の構図』を発行する前に、ヘルツリンガー先生の著書をもう一つ監訳で刊行しています。『消費者が動かす医療サービス市場』という本です。この本は、ヘルツリンガー先生が消費者主導の医療に関する全米規模のキャンペーンを展開し、その成果である講演録などがまとめられているのが原著ですが、本書ではそれらのレポートのなかから、ヘルツリンガー先生が書き下ろした「医療保険論」の部分だけを翻訳しました。ただ、一般の読者にとっては、専門的過ぎて若干退屈な内容ですし、それだけに私もあまり力が入りませんでした。
 これに対して、『米国医療崩壊の構図』は非常に興味深い内容です。物語風の語り口や構成、ケーススタディの積み重ねで米国医療の実態から読者に考えさせるスタイルなど、医療を詳しく知らない人をも魅了する内容だと思います。また、ヘルツリンガー先生は以前からマネージドケアを強く否定してきましたが、本書では米国医療の崩壊を医療提供体制全般に広げて分析しており、日本の医療関係者にも大いに参考になる内容です。監訳に当たっても、これまで以上に力が入りました。前二書に続く三部作の最後を飾るにふさわしい内容ですので、多くの医療関係者に読んでいただきたいと思います。
―― 具体的な内容について、簡単に紹介していただけますか。

岡部 本書『米国医療崩壊の構図』の原題は『Who Killed Health Care?』です。直訳すれば「誰が医療を殺したか?」ですが、原作の意図を汲み取って、サブタイトルに「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」と付しました。
 ジャック・モーガンは腎臓病を患い、腎移植を必要とし、その手配もできており、さらに保険に加入していたにもかかわらず、死んでしまった架空の人物です。架空といっても、想像上のキャラクターというわけではありません。現実に、アメリカの巨大保険会社・カイザー・パーマネンテのHMO病院の腎移植プログラムで、2005年には112人の腎移植候補者が死亡しました。著者はこうした患者たちの共通項を融合して「ジャック・モーガン像」を創りあげました。そして、ジャック・モーガンを死に至らしめた「犯人」として、
医療保険会社
非営利の大病院
雇用主企業
議会と連邦政府
専門家集団
をあげています。医療保険会社は、患者の満足度には無関心であり、医療費の支払い、専門医の紹介、入院の承認など、ことごとく「ノー」というだけの存在に成り下がっています。非営利の大病院は、「非営利」を謳いながら、利益を重視し、政治献金による政府や議会への影響力と合併による寡占化を通じて巨大な帝国を築きました。規模の拡大に伴って非効率も増大し、患者にとってのリスクも大きくなっています。
雇用主企業は、本来であれば従業員に配分されるべき医療保険料に税制上の恩恵を受け、給料から保険料を差し引いて支払っています。人事部は画一的な医療保険の選択に走り、給付内容を狭めるだけでなく、従業員の選択の自由をも奪っているのです。議会は医師の仕事である医療の内容についてまで細かく口を挟み、市場を無視したお仕着せの医療プランによって、患者の自由を抑圧しています。そして、専門家集団は、医療費高騰の責任は、不必要な医療を患者に押し付ける儲け主義の医師にあるとする一方で、消費者の能力をまったく評価せず、賢い選択はできないと決めつけています。
このようにそれぞれの殺人者がいかにしてジャック・モーガンの死に関与したのかを分析・解説しているのが本書の前半部分です。その分析・解説は、患者を死に至らしめたという事実の原因を多角的に徹底解明することにより、望むべき医療システムに障害として立ちはだかっている要因を明快に示しています。
望むべき医療システムの実現には、「消費者が無理なく支払える価格で、質の高い医療サービスを提供するにはどうすればよいか」を議論する必要があります。ヘルツリンガー先生は「五人の殺人者」の介在を排除して、消費者と医師との直接交渉を重視することが出発点になると考えました。そして、「五人の殺人者」の存在や関与を認識したうえで、消費者を医療の中心に据え、医療サービス需要の選択と購買力の主導権を消費者側に移転する方策を具体的に示しているのが後半部分です。

―― 消費者と医療機関の直接交渉を重視し、自由競争を強めると、低所得の無保険者に影響が出るようにも思えますが。

岡部 アメリカの医療を論じる時、「4,700万人もの無保険者が存在する制度はよくない」という指摘は頻繁になされます。実際、先だっての大統領選ではオバマ、マケイン両候補とも皆保険化の構想を掲げ、その進め方が争点にもなっていました。ヘルツリンガー先生も皆保険論者です。しかし、本書では無保険者対策が医療システム改革の最重要課題ではないと論じており、私も同感です。
 4,700万人の無保険者が存在するといっても、現実にはほとんどのアメリカ国民は最低限の医療サービスは受けることができています。それは公的な施設だけではなく、民間の医療施設からも提供されています。アメリカ病院協会が公開している合衆国内の全病院の財務諸表データで、収入のグロスとネットの差額は、一昨年で、一兆ドルにも達しています。この差額を日本語に訳そうとすれば、「未収金」としか訳せないかもしれませんが、概念としては大きな差異があるように思います。取り立てようとして取り立てられないのではなく、この額の分だけ、慈善医療が提供されたと病院が誇示している想定収入額です。それを支えているのは共助の思想に基づく慈善に対する考え方であり、その実践を促す優遇税制です。皆保険化がすぐに実現できないと考えられる理由は、一兆ドルの十分一にしても、この振替財源をすぐに用意するのは不可能に近く、またその必要もないからです。

著者の主張のポイントは、不要なのは医療保険機関の存在ではなく、保険機関の強力な介入です。アメリカの医療は、「尻尾が頭を動かす」ように、保険会社が医療内容の細部にまで首を突っ込んできます。これは日本の医療にとっても、将来的には他人事とはいえないでしょう。ですから、問題は、医療消費者ではなく、保険機関が医療機関に医療費を支払うという仕組みなのです。消費者と医療機関の直接交渉を重視するとはそのような意味です。

規制がもたらした日本医療の弊害
国民の希薄なコスト意識にも問題

―― では、日本の医療における問題はどこにあるとお考えでしょうか。

岡部 1942年の「ベバレッジ報告」以降、「医療福祉は国がサポートする」というスタイルが全世界に広がりましたが、政府が担うサービスは、規制でがんじがらめにされてしまいます。金融もかつては、金利や手数料などが一律とされており、今の医療界と似ている部分は多々ありました。一律のサービスのなかでは、消費者に選択の余地はなく、サービスの質を上げる推進力も生まれません。しかし、金融は規制を緩和することで、利益を上げるための質の向上や効率化の努力によって、顧客満足度を高めました。
医療には公共性が求められますが、サービスの公共性という点では、電力や運輸サービスなども同じでしょう。必要最低限は公定価格の世界に残し、それ以外の部分は各企業の努力と消費者の選択に委ねる。公共性を重視しなければならないとすれば、必要最低限が維持できるように価格を認可制にするという方法もあります。その仕組みのなかで、皆保険の長所が生きる部分もあるでしょう。しかし、現状の医療はすべてが全国一律の公定価格であり、このシステムで医療を提供することの限界がみえてきたのではないでしょうか。保険が医療の内容まで規定しているという点では、日本の医療も崩壊した米国医療と変わりはありません。
マクロでみた時、日本の医療はコストパフォーマンスに優れ、長寿をもたらした「悪くない」制度だといえると思います。しかし、この医療制度が同時にもたらしたものは、国民の「医療はタダ」という感覚です。この感覚が、さまざまな弊害を招いていることは確かです。総医療費を増やすには、まず自己負担を平均3割まであげるべきでしょう。現状の3割負担は、0割、1割、2割なども含めて、平均では1割9分くらいでしかありません。オーストラリアやカナダはすでに平均3割を超えており、先進国の水準としては決して高くはありません。適度な負担が伴うことによって、医療の内容とそれに必要なコストを個人が感じるようになることで、医療サービス市場が正常化するのだと思います。

慈善医療を誘導する制度の先行整備
中央集権の是正と患者の賢さが重要

―― 「米国医療の崩壊」から日本医療が学ぶべきものがあれば、教えてください。

岡部 まずは慈善医療の仕組みですね。現状はほとんど存在していませんし、それをバックアップする制度もありません。アメリカの慈善医療の背景にはキリスト教社会があるという指摘は的を射てはいますが、それだけで日本が真似できないと断じるべきではないと思います。なぜなら、アメリカでは強欲な株式会社病院でも、慈善医療に携わっているからです。何より、日本にもかつては「赤ひげ」のような文化があったわけですから、宗教や文化の違いで慈善医療を否定するのは無意味です。ただし、現在のような状況から慈善医療を普及させるためには、寄付金の無税化など誘導する制度が先行することが重要となるでしょう。
 次に規制緩和です。規制緩和の最大のメリットは、新規参入を促して、競争がサービスの質を高めることにあり、それはあらゆる業種によって証明されています。へき地医療や不採算部門の切り捨てには、別の形で対処できる仕組みを作ればよいだけです。たとえば、救急医療に関しては、すべて税金で賄うという選択肢もあり得ます。不平等を恐れるばかりで規制緩和の議論を後退させるよりも、規制緩和によってこぼれてしまう部分にどのように対処するかを議論すべきではないでしょうか。混合診療の一般化についても、「格差が生じる」の一言で悪者にされていますが、日本全体の医療が崩壊しようとしている時に「どちらが大事なのか」を考えるべきではないでしょうか。
 アメリカが皆保険制度をこれまで採用してこなかったのは、利権団体によるロビー活動のせいだけではなく、社会が今の制度を選択したからです。「医療はタダ」という感覚のなかにある日本人は、そうした選択肢があることすら知りません。だからこそ、QOLを高めるための医療にはお金がかかるということを認識することが肝要です。
 確かに日本国憲法では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保証されています。しかし、「最低限度の生活」に不可欠な衣食住に関して、国が完璧にフォローしてくれるわけではありません。医療にも対価が求められることを各個人が考えること、そのなかで制度が構築されていくことが重要です。アメリカの医療を真似するというのではなく、日本の文化や国民性、皆保険制度などをふまえた独自の医療制度のあり方が、もっと柔軟に議論されてよいはずです。崩壊したアメリカ医療には、そのヒントがいくつも隠されているように思います。
4,700万人の無保険者ばかりがクローズアップされるアメリカの医療ですが、『米国医療崩壊の構図』に登場するジャック・モーガンは保険に加入していながら、適切な医療を受けることができず、命を奪われました。この本の最大のねらいは、政府が医療サービスの内容や診療報酬の細部についてまでこと細かに規定するシステムに、医療費の増大や非効率の原因が潜んでいることを明らかにすることにあります。そして、それはまさに日本の医療制度に酷似する部分ともいえます。
皆保険制度でありながら、総医療費のGDP比や国民一人当たりの医療費はアメリカの二分の一程度でしかないわが国は、その結果として、医療資源への十分な資金配分がなされていません。それが「医療崩壊」と呼ばれる現状を引き起こしているように感じられます。また、皆保険制度のもとでは、医療費の抑制が不可避となり、高齢化や技術革新に伴う医療費膨張の流れにおいて、診療制限や待ち時間の長期化など、質の低下をもたらすことは、イギリスやカナダでも証明されています。それでも、今後もますます高まるであろう医療消費者のより質の高い医療への期待に応えるためには、消費者中心の考え方で医療制度を考えることが重要だと思います。
アメリカでも州単位で「皆保険化」の動きがはじまっています。本書のなかでヘルツリンガー先生は、メリーランド州とマセチューセッツ州を取り上げていますが、前者を「間違いだらけのシステム」、後者を「概ね適切なシステム」と評しています。両者の大きな違いは、マサチューセッツ州は企業ではなく、主として個人に医療保険加入を義務づけたという点にあります。医療サービス市場を消費者が動かす方向に向っていることを評価したのです。皆保険においては日本のほうが先発ではありますが、こうした制度を謙虚に参照することも必要ではないでしょうか。

―― 最後に今後の日本医療、アメリカ医療の展望についてお聞かせください。

岡部 アメリカのほうがまだダイナミックに変化する可能性があると思います。現状の日本の医療はすでに八方塞にみえるのです。その最大の要因は、中央集権的な構造です。医療や介護は地域差が大きく影響するにもかかわらず、制度も価格も全国一律に決定されています。地域医療計画も中央から作らされているのでは、高い効果は望めないでしょう。アメリカでは、州単位で医療制度を変化させています。地方が主体的に動くからこそ、有効な医療システムが構築できるのではないかと思います。日本でも、東京をすべて特区にしてしまうくらいの大胆な変革が必要です。国全体での実験には膨大なコストを必要としますが、特区において有効性が証明されたものを全国各地が主体的に参考にするならば、コスト的にも効果的にも効率性は高いはずです。
 一方で、患者が賢くなることも不可欠です。日本ではこれまで医療が選挙の争点にもならなかったことが、この国の絶望的な状況を表しているようにも思いますが、時間をかけて国民の賢さを求め続けることは必要でしょう。これは、『米国医療崩壊の構図』のなかで、ヘルツリンガー先生がもっとも強調していることです。
 この本には、ほかにも日本の医療が今後の展望を考えるうえで有益な材料が多岐にわたって示されています。多くの医療関係者に読んでいただき、それが未来の日本医療に貢献できることを監訳者として願っています。

 岡部陽二(おかべようじ)氏
 昭和9年 東京都生まれ
 昭和32年 京都大学法学部卒業
 同年 住友銀行入行
  ロンドン・住友ファイナンス・インターナショナル社などを経て、
  同行国際投資金融部長、取締役ロンドン支店長、常務取締役、専務取締役を歴任
 平成5年 同行退職
 同年 明光証券代表取締役会長
平成10年 広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授(平成17年3月定年退職)
平成13年 医療経済研究機構 専務理事、現在に至る

(2009年4月1日、メディカル・クオール㈱発行「メディカル・クオール」2009年4月号No.173 p33~38所収)

ページトップへ戻る



「季刊・社外取締役」誌 書籍紹介「私はこんな本を書きました」

「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」

レジナ・E. ヘルツリンガー著 岡部陽二監訳・竹田悦子訳、一灯舎発行、発売元オーム 四六版408ページ、408ページ、定価2,200円+税

高度に発達した資本主義社会での医療制度には、いろいろ複雑な問題が絡まっていて、もはやコントロールできなくなっている。その結果、消費者つまり患者は、既得権益によって圧殺され、質の悪いサービスに高額の医療費を支払わされている。
本書はハーバード・ビジネス・スクールで女性としては初の終身専任教授となった医療経営論、経営工学、会計学など担当のヘルツリンガー教授が著した『医療サービス市場の勝者』、『消費者が動かす医療サービス市場』に続く3冊目の邦訳である。本著『米国医療崩壊の構図』は、米国の医療改革を消費者主導で進める運動の急先鋒としてのヘルツリンガー教授の存在感を鮮明にしたじつに読みやすい快著となっている。
ジャック・モーガンというごく平均的なアメリカ人が腎不全から腎臓移植を待つ間にタライ回しされ、自分の娘からの腎臓提供の申し出でがありながら亡くなった悲劇について生々しく、かつ具体的に殺人者1人ずつの悪行を追及し、原因を究明した迫真の書でもある。わが国でも最近、脳梗塞の妊婦が出産に当たり、多くの病院から救急受け入れを断られて一命を落すケースがあったばかりであり、ヒトゴトではない。
米国では、この非効率の元凶は、連邦議会、医療保険会社、非営利の大総合病院、医療の専門家集団などの横暴と強欲である。米国の医療費は、一人当たり年間百万円近くに膨れ上がっており、この額はわが国の3.4倍である。このように巨額の医療費が使われているにもかかわらず、米国の医療問題となると、総人口三億人のなかで4,700万人にも達する「無保険者」の存在が指摘され、米国のような先進国では考えられない政治の無施策であると批判されている。オバマ大統領皆保険の実現を目指すと謳っているものの、財源的に実現は前途多難であろう。
著者のヘルツリンガー教授も、国民皆保険論者である。しかしながら、著者は、必ずしも、無保険者対策が医療システム改革の最重要課題であるとは見ていない。現に、本書の主人公であるジャック・モーガンは、カイザー・パーマネンテの医療保険に加入していながらも、死ななくても済んだのに,死んでしまったのである。
2007年に日本で公開されたマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」の原題は、sickから派生した米語のスラングで、「狂った」とか「病的な人や物事」を指し、米国の医療制度は狂っているということを一語で端的に示している。この映画の問題提起も無保険者の悲劇ではなく、手厚いはずの民間保険に入っていたにもかかわらず見捨てられた膨大な人々や、公的医療保険でカバーされているのに必要な治療が受けられない高齢者と低所得者が体験した真実のドラマであった。
わが国では、政府による診療報酬、薬価の規制、患者の無知と盲目的な医師への信頼により、比較的には低コストで効率的な医療が提供されてきたが、最近では医療事故の多発、情報開示の不足、特定分野の医師不足問題などが露呈している。医療サービス産業への参入障壁が高すぎるのは問題であり、寡占的供給者の資本主義的な利益追求が、社会保障としての医療に弊害をもたらしている点は日米ともに変わりがない。
本書の論調は、消費者個人の自発的活動と小さくても効率のよい病院経営とが自由公正に機能するように、政府や圧力団体の規制を極力排除すべしとの主張であり、説得力がある。本書が日本の医療改善のためのガイドラインとして読まれることを期待したい。
監訳者の岡部陽二氏は住友銀行専務から広島国際大学の教授となって医療経営論を教え、現在は厚労省関連のシンクタンクである医療経済研究機構専務理事として活躍しているユニークな論客である。ベンチャー企業の育成にも関わっており、社外取締役ネット発足当初からのメンバーである。

(正会員; 岡部陽二(おかべようじ) 医療経済研究機構専務理事)
 
 監訳者の岡部陽二氏は住友銀行専務から広島国際大学の教授となって医療経営論を教え、現在は厚労省のシンクタンクである医療経済研究機構専務理事として活躍しているユニークな論客である。ベンチャー企業の育成にも関わっており、社外取締役ネット発足当初からのメンバーである。

(2009年3月1日、特定非営利活動法人・全国社外取締役ネットワーク発行「季刊・社外取締役」VOL.17-2009.3 p60 所収)

ページトップへ戻る



「米国医療崩壊の構図」 証券経済倶楽部「しょうけんくらぶ」

米国医療崩壊の構図
~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?

岡部陽二

 『Who Killed Health Care』、タイトルからして、まことに挑発的な本書は、実際にも殺人ものミステリーのスタイルで書かれている。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という謎を解いていく物語である。ジャックは腎臓移植を待っている間に命を落としてしまった犠牲者である。『オリエント急行殺人事件』と同様に、殺人者は一人ではなく、多数の殺人者が絡んでいて、その謎を解くのは難事である。
 彼ら殺人者は五人で、医療保険会社、非営利の大病院、雇用主企業、連邦政府、それに専門家集団まで加わっている。被害者のジャック・モーガンは、カリフォルニア州を本拠とするカイザー・パーマネンテの医療保険に加入し、腎臓移植を待っていた善良な市民である。
 事件はカイザー保険に加入していた腎移植候補患者112名が、2005年中に死亡したことが明らかとなったもので、ジャック・モーガンはこの惨事の経験から合成して創りだされた典型的な医療被害者である。後日わかったことではあるが、カイザーの腎臓移植の待機リストに載っていた112名のうち、25名には移植されるべき臓器が用意されていた。ところが、実際には移植手術は一件も行われなかった。誰かが彼らを殺そうと意図したわけではなかったが、彼らが殺されたことに変わりはない。
 そこで、カイザーのどこに欠陥があったのか、このミステリーの犯人探しが始まる。カイザーは高度な先進医療を実現しようという志の高い医師たちによって創設され、この臓器移植計画自体は悪いものではなかった。それにもかかわらず、この医療システムが間違った方向へ進んだのは、マネジドケア保険が商業化し、保険会社が医師に対して医療費の節約を強要するといった、当初の意図とは反対のことが行われた故である。
 著者のレジナ・ヘルツリンガー教授は「米国の医療は、殺されて死んでしまった」と判断している。それは、自由な市場での競争原理が抑圧されて働かなくなり、本来市場の中心に位置すべきである医療消費者(患者)が、外へ追いやられて完全に疎外されてしまったからである。
 そこで、消費者が無理なく支払える価格で、高い質の医療サービスを提供するにはどうすればよいか。著者は、さきに挙げた五人の殺人者を排除して、消費者と医師との直接交渉を重視することが出発点になると考えている。これを軸に、消費者が動かす医療システムへ向けての新しい大胆な改革案を本書で提示している。それは、医療保険料を雇用主や政府から消費者の手に移し、低所得の無保険者には政府が直接補助をし、医師と患者の間に介在する中間の存在を排除して、消費者と医師にこのシステムを機能させる力を与えることである。
 米国では、一人当たり年間百万円近くの医療費を費消しており、この額はわが国の3.4倍である。このように巨額の医療費が使われているにもかかわらず、米国の医療問題となると、総人口三億人のなかで4,700万人にも達する「無保険者」の存在が指摘され、米国のような先進国では考えられない政治の無施策であると批判されている。
 しかしながら、著者は、必ずしも、無保険者対策が医療システム改革の最重要課題であるとは見ていない。現に、本書の主人公であるジャック・モーガンは、カイザー・パーマネンテの医療保険に加入していながらも、死ななくても済んだのに,死んでしまったのである。
  2007年に日本で公開されたマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『シッコ』の原題は、sick から派生した米語のスラングで、「狂った」とか「病的な人や物事」を指し、米国の医療制度は狂っているということを一語で端的に示している。この映画の問題提起も無保険者の悲劇ではなく、手厚いはずの民間保険に入っていたにもかかわらず見捨てられた膨大な人々や、公的医療保険でカバーされているのに必要な治療が受けられない高齢者と低所得者が体験した真実のドラマである。
 翻って、わが国の医療システムについて、著者ヘルツリンガー教授はどう見ているのか。日本語版に寄せられた序文の一部を次に引用してみたい。
 「日本経済がめざましい革新に満ちていることは、世界的な競争市場で気を吐く電子、自動車などの産業の好調さからも見てとれる。1953年に、米国の自動車産業は圧倒的な強さを誇り、大統領顧問の一人が『ゼネラル・モーターズにとってよいことは、米国全体にとってよいことだ』と豪語したほどであった。だが2008年には、ゼネラル・モーターズは優れた日本の自動車メーカーとの競争で深手を負い、何十億ドルもの損失を出している。
 ところが、日本経済の特質とも言える盛んな競争と優れた品質とサービスは、医療サービス分野においてはすっかり影を潜めてしまっている。政府による厳しい規制、既得権益に群がる者たちによる革新の抑制が、競争と革新を窒息させているのである。
 本書では、こうした問題の根本原因を分析し、米国人だけではなく、日本の皆様にも医療サービス分野における競争の利点がもたらす実現可能な解決策を提示している。
 日本の医療費は、公的医療保険の存続を脅かすほどの勢いで増加している。医療においても、自由市場ではなく、政府が診療報酬価格を決定するとき、どのような結果をもたらすかは火を見るより明らかである。政府による価格統制は、投資を歪め、競争を抑える。政府が価格を統制する産業に、いかなる革新的企業家が新規に参入したいと望むであろうか?」
 日本の医療システムに競争をもたらすには、官僚でも政治家でもなく、一般の人々に医療サービスをコントロールさせること、医師や病院の行う医療サービスの質を確実に評価し、その成果を普及させること、そして、医師や病院や保険会社の間の競争を阻む規制を取り払うことである。
 本書が提示してくれている消費者中心の考え方は、医療関係者はもとより医療サービスを利用する個々人が心しなければならない基本ではなかろうか。
 本書は、1997年に刊行された『医療サービス市場の勝者』、2003年に刊行された『消費者が動かす医療サービス市場』に続く、ヘルツリンガー教授による三部作の掉尾を飾る医療政策論の輝ける金字塔である。
 この三部作の訳業は、銀行を退職してから十年間にわたり広島国際大学と医療経済研究機構において医療経済の研究に関わってきた私にも一仕事終えた達成感と安堵感をもたらしてくれた。 (個人会員、元明光証券会長)

(2009年1月22日、財団法人・日本証券経済倶楽部発行「しょうけんくらぶ」第84号p10~11所収)

ページトップへ戻る



「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か」 銀泉誌137号

米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?

岡部陽二

 「Who Killed Health Care」、タイトルからして、まことに挑発的な本書は、実際にも殺人ものミステリーのスタイルで書かれている。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という謎を解いていく物語である。ジャックは腎臓移植を待っている間に命を落としてしまった犠牲者である。「オリエント急行殺人事件」と同様に、殺人者は一人ではなく、多数の殺人者が絡んでいて、その謎を解くのは難事である。
 彼ら殺人者は五人で、医療保険会社、非営利の大病院、雇用主企業、連邦政府、それに専門家集団まで加わっている。被害者のジャック・モーガンは、カリフォルニア州を本拠とするカイザー・パーマネンテの医療保険に加入し、腎臓移植を待っていた善良な市民である。
 事件はカイザー保険に加入していた腎移植候補患者112名が、2005年中に死亡したことが明らかとなったもので、ジャック・モーガンはこの惨事の経験から合成して創りだされた典型的な医療被害者である。後日わかったことではあるが、カイザーの腎臓移植の待機リストに載っていた112名のうち、25名には移植されるべき臓器が用意されていた。ところが、実際には移植手術は一件も行われなかった。誰かが彼らを殺そうと意図したわけではなかったが、彼らが殺されたことに変わりはない。
 そこで、カイザーのどこに欠陥があったのか、このミステリーの犯人探しが始まる。カイザーは高度な先進医療を実現しようという志の高い医師たちによって創設され、この臓器移植計画自体は悪いものではなかった。それにもかかわらず、この医療システムが間違った方向へ進んだのは、マネジドケア保険が商業化し、保険会社が医師に対して医療費の節約を強要するといった、当初の意図とは反対のことが行われた故である。
著者のレジナ・ヘルツリンガー教授は「米国の医療は、殺されて死んでしまった」と判断している。それは、自由な市場での競争原理が抑圧されて働かなくなり、本来市場の中心に位置すべきである医療消費者(患者)が、外へ追いやられて完全に疎外されてしまったからである。
 そこで、消費者が無理なく支払える価格で、高い質の医療サービスを提供するにはどうすればよいか。著者は、さきに挙げた五人の殺人者を排除して、消費者と医師との直接交渉を重視することが出発点になると考えている。これを軸に、消費者が動かす医療システムへ向けての新しい大胆な改革案を本書で提示している。それは、医療保険料を雇用主や政府から消費者の手に移し、低所得の無保険者には政府が直接補助をし、医師と患者の間に介在する中間の存在を排除して、消費者と医師にこのシステムを機能させる力を与えることである。
 米国では、一人当たり年間百万円近くの医療費を費消しており、この額はわが国の3.4倍である。このように巨額の医療費が使われているにもかかわらず、米国の医療問題となると、総人口三億人のなかで4,700万人にも達する「無保険者」の存在が指摘され、米国のような先進国では考えられない政治の無施策であると批判されている。二〇〇七年の大統領選挙では、手法は対照的ながら、オバマ・マケイン両候補ともに皆保険の実現を目指すと謳っている。
 著者のヘルツリンガー教授も、国民皆保険論者である。しかしながら、著者は、必ずしも、無保険者対策が医療システム改革の最重要課題であるとは見ていない。現に、本書の主人公であるジャック・モーガンは、カイザー・パーマネンテの医療保険に加入していながらも、死ななくても済んだのに,死んでしまったのである。
  2007年に日本で公開されたマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」の原題は、sickから派生した米語のスラングで、「狂った」とか「病的な人や物事」を指し、米国の医療制度は狂っているということを一語で端的に示している。この映画の問題提起も無保険者の悲劇ではなく、手厚いはずの民間保険に入っていたにもかかわらず見捨てられた膨大な人々や、公的医療保険でカバーされているのに必要な治療が受けられない高齢者と低所得者が体験した真実のドラマである。問題の根源は、「米国では医療保険や医療サービスの多くが民間の営利本位の企業に任されており、保険会社と病院、それに政府や製薬会社が癒着している点にある」とムーア監督は指摘している。

 翻って、国民皆保険を誇っているわが国においても、画一的な医療費抑制政策に加えて、後期高齢者医療制度への批判など、医療・介護問題への国民の関心は一段と高まりを見せている。医療費問題の難しいところは、消費者が望む医療の質は年々高まり、それに応える医療技術も進歩しているので、医療費はGDPの伸び率をはるかに上回るスピードで拡大を続けるところにある。この財源を医療保険で賄うためには、税金を上げるか、保険料を上げるか、自己負担を上げるかしかない。これも、消費者の選択の問題であるとの認識の欠如が、問題の根底にある。
 消費者の期待を満たす方向で改革を進めるに当たって、本書が提示してくれている消費者中心の考え方は、医療関係者はもとより医療サービスを利用する個々人が心しなければならない基本ではなかろうか。
 本書は、1997年に刊行された「医療サービス市場の勝者」、2003年に刊行された「消費者が動かす医療サービス市場」に続くいわば完結編であり、ヘルツリンガー教授による三部作の掉尾を飾る医療政策論の輝ける金字塔である。
 この三部作の訳業は、銀行を退職してから十年間にわたり広島国際大学と医療経済研究機構において医療経済の研究に関わってきた私にも一仕事終えた達成感と安堵感をもたらしてくれた。

(2009年1月銀泉㈱発行「銀泉」第137号p22~23所収)

ページトップへ戻る



「米国金融崩壊の構図」 日本個人投資家協会月刊紙「きらめき」

米国金融崩壊の構図~金融再建には何が必要か?

 昨年末にハーバード大学経営大学院レジナ・ヘルツリンガー教授著の「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という大部の本を私の監訳で刊行した。
 この本の原題は、“Who Killed Health Care”、タイトルからして、まことに挑発的で、実際にも殺人ものミステリーのスタイルで書かれている。「ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」という謎を解いていく物語である。
 ジャックは、カイザー・パーマネンテという大手の民間医療保険に加入していたのもかかわらず、腎臓移植を待っている間に命を落としてしまった犠牲者である。「オリエント急行殺人事件」と同様に、殺人者は一人ではなく、多数の殺人者が絡んでいて、その謎を解くのは難事であるが、医療システムの障害となって立ちはだかっているのは、五人の殺人者である。
 第一の殺人者は、「医療保険会社」である。彼らは患者の満足度には無関心で、医療費の支払についても、専門医の紹介についても、入院の承認についても、とにかくノーというだけの存在になり下がっている。
 第二は、「非営利の大病院」で、非営利と称しながら儲け重視で、政治献金による政府・議会への影響力と合併による寡占化を通じて巨大な帝国を築き、規模の拡大に伴って非効率化し、患者にとってのリスクも大きな存在になっている。
第三は、「雇用主企業」である。彼らは、本来であれば従業員に配分されるべき医療保険料に対して税制上の恩典を得て、給料から保険料を差し引いて支払っている。また、人事部のスタッフが画一的な医療保険の選択に走り、給付内容を狭めるだけではなく、従業員の選択の自由を奪っている。
 第四の殺人者は、「議会と連邦政府」である。議会は医師の仕事である医療の内容についてまで細かく口を挟み、市場を無視したお仕着せの医療プランを作って、患者の自由を抑圧している。
 最後に、五人目の殺人者は、「専門家集団」である。彼らは、医療費高騰の責任を、不必要な医療を患者に押しつける儲け主義の医師のせいにし、さらに、彼らは消費者の能力をまったく評価せず、消費者は複雑な医療情報を使いこなして、賢い選択をすることはできないと主張している。
 五人の殺人者の告発は、米国の医療が今後どの方向に向かうべきかの理念とそれに必要な議論のたたき台を提供している。消費者が無理なく支払える価格で、高い質の医療サービスを提供するにはどうすればよいか。著者は、さきに挙げた五人の殺人者を排除して、消費者と医師との直接交渉を重視することが出発点になると考えている。これを軸に、消費者が動かす医療システムへ向けての新しい大胆な改革案が本書で提示されている。それは、端的に言えば、医師と患者の間に介在する中間の存在を排除して、消費者と医師にこのシステムを機能させる力を与えることである。

 本書の翻訳がほぼ完了した昨年9月に百年に一度と言われる「リーマン・ショック」に端を発する米国発の金融危機が勃発、米国の金融システムは、まさに崩壊した。この金融崩壊に加担した告発されるべき五人の殺人者は誰であろうか。「米国医療崩壊の構図」のアナロジーで考えてみた。
 第一の殺人者は、文句なしに「投資銀行」である。本来、投資銀行は証券の引受とかM&Aの仲介など金融取引の仲介手数料収益を稼ぐビジネスであったが、今世紀に入ってSECに圧力を掛けて規制を緩和させ、市場からの巨額の借入で証券化商品などへの自己勘定での投資資産を膨らませた。この高レバレッジ経営の咎で、保有証券の流動性欠如と市場価格の急落に耐え切れず、リーマン・ブラザーズとベアー・スターンズは壊滅し、他の大手は業態転換や政府の支援で何とか凌いでいる。
 第二は、「ヘッジ・ファンド」である。通常、私募によって機関投資家や富裕層等から私的に大規模な資金を集め、金融派生商品などを活用したさまざまな手法で投機的な運用をするタックス・ヘブンに本拠を置いて税金を免れているファンドのことである。ヘッジ・ファンドも高レバレッジで収益の極大化を図り、200兆円を超える規模に拡大して、コモディティー・ファンドなどを通じて石油価格暴騰・暴落の元凶ともなった。
第三は「格付け会社」である。彼らは、投資銀行と共謀して、サブプライム・ローンなどから成るリスクの高い証券化商品にAAAなどの高格付けを与えて、米国だけではなく、全世界の投資家を欺いた。その罪は大きい。
 第四の殺人者は、「SEC(証券管理委員会)」である。SECは放漫な投資銀行経営の監督を怠り、デリバティブなど高リスク金融取引の情報開示徹底や規制を行わず、米国の資本市場に信を置いていた世界中の投資家に巨額の損失を蒙らせた。
 最後に、五人目の殺人者は、やはり「FRB(連邦準備理事会)とOCC(通貨監督庁)」であろう。金融政策の是非はともかくとして、グリーン・スパン議長がCDS(クレジット・デット・スワップ)を優れた金融イノベーションと称賛し、規制の意図をまったく持っていなかったのは、問題のごく一部である。金融監督庁が、銀行や傘下の住宅金融会社が担保掛け目を無視して行なった放漫なノン・リーコースの住宅ローンを無規制のまま放置してきた罪も大きい。
 医療が本来は医師と患者の間で成立するサービス取引であるのと同様に、金融は資金を必要とする企業に余裕資金を有する個人や団体が融通するサービス取引である。その仲介者として、預金と貸金業務を手掛ける銀行と証券の引受や売捌きを行う証券会社は不可欠である。しかしながら、自己勘定で高レバレッジの巨額投資を行なって収益の極大化を図る「今日の儲けは僕のもの、明日の損は君のもの」といった自己中心主義の権化ともいえる投資銀行や最低一億円を超える資産家のみが利益を享受できるヘッジ・ファンドなどの社会的存在意義は、そもそも奈辺にあるのであろうか。
 円滑な金融取引を進めるためには、金利・為替・取引条件などは自由にして、効率的な市場の価格形成機能に委ねるべきである。しかし、同時に詐欺・不正・情報の隠ぺいなど市場に害をもたらす行為は、規制当局の手で厳重に取り締まられなければならない。
 今こそ、投資銀行やヘッジ・ファンドを中心とする金融権力の跳梁跋扈を許した結果、金融市場を大恐慌に追い込み、全世界規模で実体経済をも崩壊させた強欲資本主義の現実を直視して、金融取引のあるべき姿を再検討すべきときではなかろうか。
 その基本は、資金提供者である個人投資家がより強く、より賢くなって、金融商品に内在するリスクを見極め、自分で理解のできない金融商品には手を出さないという万古不変の原理原則を再確認することである。自分の利益極大化だけを念頭にマネー・ゲームに狂奔している金融マンの言辞を信用することはできない。
 もちろん、投資収益とリスクは裏腹であるから、リスクを懼れていては何もできないが、投資の対象は、金融取引の仕組みを100%理解できて、リスクの所在と限度が明確に認識できるケースに限定するのが鉄則であるという当たり前のことを実践するだけのことである。

 なお、「米国医療崩壊の構図~ジャック・モーガンを殺したのは誰か?」(一灯舎刊、オーム社発売、定価;税別2,200円)は、私のHP http://www.y-okabe.org からのご注文時には、価格を2,000円(税込、送料・送金手数料出版社負担)とさせて頂きます。ぜひ、ご購読ください。

(2009年3月1日、社団法人・日本在外企業協会発行「月刊・グローバル経営」March 2009 号、p37 所収)

ページトップへ戻る