好奇心と冒険心豊かな心 ときめく生甲斐を模索したいものです

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 1997年8月に開設、2007年8月に全面改訂したものです。17歳の時の作品が一番下に入れてあります。ジャンル別最下段に「亡き両親のHP」も作りました。

 2018年2月に、自分史「国際金融人・岡部陽二の軌跡~好奇心に生きる」を上梓しました。アマゾンのKindle版の電子書籍も刊行、このホームページにも全文をアップしました。ジャンル別では左欄の一番上に「目次」順に33編に別けて入れてあります。

 銀行勤務36年のうち、13年半を英国ロンドンで過ごしました。時あたかも、金融ビッグ・バンと民営化を柱とするサッチャー改革やベルリンの壁崩壊に始まる東西冷戦の終結、EU統合の進展を背景とした政治経済の転換期でした。そのような時期に、ロンドンに駐在して欧州のみならず、中東からアフリカまでをカバーして、国際金融の真髄を垣間見ることもでき、得がたい経験を積むことができました。

 銀行退職後に、思いがけずフルタイムの大学・大学院教授として医療経営論などを担当、これまでの経験とはまったく分野の異なる医療経済・経営の教育・研究を手掛けることになりましたのは、私にとっては人生を二倍に生きることが出来たような幸せでした。

 自分史には、生い立ちに遡って、記憶に残っている主な出来事を網羅した積りですが、読み返して見るとまだまだ書き足らないところもあり、これから補足して参ります。

     自分史にひらく一輪梅の花  陽二

2018年2月吉日


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2022年8月01日

コロナ禍下で露呈した 医療提供体制の不備と制度の欠陥

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 前月にはコロナ禍下で露呈した医療サービス産業の設備投資不足と集約化の遅れについて現状の問題点をドイツと米国との対比で指摘した。

今回も、引き続き、病院集約化の妨げとなっている医療制度の不備と改善策について、米国との比較も交えて考察したい。



病院経営のガバナンス欠如が根本的な欠陥

 前号で指摘したように、新型コロナウイルスの感染者が欧米よりも一桁少ない日本において、たびたび医療逼迫が起こり、水際緩和などの出口戦略でも遅れが目立っている。欧米諸国よりも感染者数がかなり少ないのにもかかわらず、緊急事態宣言などの強い行動制限の発令を繰り返したのは、感染の波に合わせて柔軟に対応病床を増減できなかったからである。 

 こうした事態の解決策としていくつか議論は出ている。①国や自治体の長の指示権を強化して、民間病院であっても国が直接指示する、②平時から医療機関と協定を結んで、感染症病床を確保して有事に備える、③重症化リスクの高い人が確実に治療を受けられる「コロナかかりつけ医」を創設する、④新型コロナを「2類相当」としたため弱体化した保健所に負担が集中したことが問題であったので、「5類感染症」として社会活動の正常化を目指すべき、などである。


 しかしながら、これらの施策は抜本策とは言い難い。問題の根本根因は非効率な医療提供体制である。中小病院が乱立し、医療スタッフが少数ずつ多くの病院に分散するという非効率な実態が、コロナ患者の受け入れを消極的にしていた。 緊急性の高い患者を取り扱うはずの急性期病院が名ばかりで、ICUなどでの高度治療を提供できる体制が整っていなかった。その結果、コロナ病床が不足し、ICUを備えた高度治療ができなかったのである。 

 これらの課題解決には、医療機関の集約化と役割分担の明確化が重要となる。すなわち、①病院の開設主体がばらばらで、かつ公益重視の経営ガバナンスが欠如している制度の改革、②実体的には営利法人でありながら、「非営利」を謳っている経営姿勢の民間病院の集約化、この2方向に医療政策の舵を切るべきである。

この2点にメスを入れなければ、100年経っても日本の医療の質を先進国並みに向上させるのは不可能と筆者は主張してきた。



世界に類例を見ない指揮系統がばらばらで多様な病院開設者種別の存在

 今回のコロナ禍では、病院の開設者が病院にコロナ病床の確保を指示・命令することができず、院長への要請(お願い)しかできない法制度の不備が指摘されてきた。

 国立病院は国がオーナーであるはずなのに厚生労働大臣が指示できず、東京都がオーナーであるはずの都立病院に対して東京都知事が指示できない。尾身茂コロナ分科会会長が理事長を務める地域医療機能推進機構傘下の病院がコロナ病床の増床を渋ってきた。このような理不尽な現状には眼を覆うものがある。

 たしかに指示権の規定には不備があった。

 では、受け手側の病院はどうだったであろうか。公益重視意識の欠如と、それを支えるガバナンスのあり方に問題があったのではないか。

 問題の第一は、病院開設者の種別が26種以上と多岐にわたり、それぞれが準拠する法律も会計規則もばらばらであること。(表1,表2)

 病院を統括する「病院法」は存在せず、国が開設者であっても、国立病院は厚労省、大学病院は文部科学省と所管が異なり、厚労相は大学付属病院に直接指示できない。

 公的病院の運営は、通常各病院の院長に任されており、経営戦略を統括する病院経営者は存在しない。一部の公的病院は独立行政法人化しているが、通例、独法の理事長は医師であって、医療経営のプロではない。独法の理事会は形式的なもので、経営戦略を理事間で議論することはない。コロナ禍のような緊急時の対応についての法律上や定款上の定めもない。

 要するに、公的病院のオーナーである大臣や知事が直接指示すべしと言っても、経営責任のない医師の院長や理事長が相手では、緊急時に業務シフトを大胆に行うのは不可能な仕組みとなっている。

 コロナ禍下でこの間の調整に苦労をした小池都知事は、都立病院を一括して本年7月に独立行政法人に移行することを決断、都議会の承認も得たが、財政上の制約が強まるとして、いまだに反対論が燻っている。また、プロの病院経営者を配して経営責任を明確化しなければ、独法化だけでは事態は改善されない。

 政府が早急に改革すべきは、公益性重視のガバナンスのあり方を法律で定め、病院経営責任の所在を明確にすることである。26種以上の異なった経営形態の病院が林立されている様は、世界の笑いものである。当然、そのガバナンスはすべての病院を統括した組織規程や緊急時対応を念頭に置かなければならない。医療についても、制度のイノベーションがなければ、サービスの質向上は期待できない。

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医療法人病院は非営利の仮面を被った営利法人

 全病床の過半を占める医療法人の中には、表1のとおり、①定款の定めにより「出資持分の定めのある社団」(持分有社団)、②「出資持分の定めのない社団」(持分無社団)、③出資持分の存在しない財団、④出資持分の定めのない社団で公益性に関する一定の条件を満たす場合に減税措置がとられている特定医療法人がある。

 2006年以降、持分無社団への移行促進策が採られ、持分有社団の新設は認められていないが、移行は遅々として進んでいない。財団や特定医療法人もほぼ横ばいで、増えていない。

 わが国独特の病院経営形態である「医療法人」は1950年の医療法改正により創設された特別法人で、都道府県知事の認可を受けた社団または財団である。なぜ「医療法人」なる制度がつくられたかというと、それまで個人経営であった病院や診療所に法人格を付与することによって資本の蓄積を容易にし、事業の永続性を確保することにあった。

 医療法人には持分放棄などの公益法人並みの高い公益性は要求されず、ただ営利を目的とすべきでないとの見地から剰余金の配当は禁止とのみ規定されている。この点、財団を原則とする社会福祉法人や学校法人と異なる。

 しかしながら、医療法人のなかでも大勢を占める「持分有社団」では、オーナーへの利益配分策が広範に、かつ多様な形で行われているので、実態は営利目的の株式会社とまったく変わらない。医療法人の非営利性を担保する歯止めは「配当禁止」以外になく、理事の報酬を増やしたり、サービス提供のための別会社を設立して利益をそこに確保している。会社と同様に出資持分の譲渡が可能で、社員資格の喪失時にはその持分についての払戻し請求権が認められている。

 税金の賦課も、この実態を前提として行われている。すなわち、医療法人は普通法人同様に課税対象の範疇にあり、社員持分の相続時には相続税賦課の対象ともなっている。

 オーナーが出資持分を放棄して、「持分無社団」に転換しても、経営権は通常個人ないしは親族だけが握っているので、利益の個人・親族への還元は容易であり、相続時のトラブルが無くなるだけで実態は「持分有社団」とほとんど変わらない。

 1998年に導入された「特定医療法人」は、評議会役員に占める親族の割合が1/3以下であること、役員の年間報酬が36百万円以下であること、といったいくつかの要件をクリアすれば、法人税を19%に低減する税法上の措置である。もっとも、この法人は同族経営を前提とした仕組みであり、社会的に独立した非営利法人としての公益性やガバナンスを備えたものではない。

 したがって、「持分有社団」は、株式会社化するのが医療法人にとっても望ましい方向であり、「持分無社団」と「特定医療法人」は財産権を放棄しているので、親族以外の有識者による理事会の組成を義務付けるなど非営利を担保するガバナンスの強化を図った非課税の「非営利法人」とすべきである。

 前号で指摘したICUベッドなどの設備投資不足も、課税分だけ資金が流出し、民間病院の資本蓄積を妨げている歪んだ医療法人制度によるところが大きい。



米国の病院のコロナ対応を範とすべき

 米国の場合、病院総数は日本の2/3に過ぎないが、複数の病院がグループ化することによって集約化が進み、減少傾向にある。軍関係の207病院を除く5,139病院(2020年10月現在)のうち、民間非営利が2,960(58%)、州立など公的非営利が951(18%)、営利の株式会社が1,228(24%)である。

 民間非営利が多いのは、主に大富豪やキリスト教会による慈善的な寄付に依存する事業として設立されてきた歴史的経緯が由来する。非営利病院はいかなる境遇の患者であっても受け入れる義務を負う代わりに法人などの課税が免除されている。

 米国の病院数はきわめて少ないが、経営の効率化には感心する。全病院の68%を占める3,483病院が経営主体を一本化したIHS(Integrated Healthcare System)と言われるシステム統合に参加、経営主体が一本化しているケースも多い。全米最大の医療システムであるHCAヘルスケアは184の病院を一体運営している。

 米国の病院が優れているのは、営利・非営利ともにMBAやMHA(Master of Healthcare Administration)といった資格を持ったプロによって効率的に運営されている点である。医師の経営者もいるが、MHAの資格は必須とされており、CEOである間は臨床には携わらない。

 新型コロナの第1波が押し寄せてきた2021年4月初旬に、ボストンでは2大非営利病院が結成したネットワーク「マス・ジェネラル・ブリガム」が中心となって、州や市の支援も得て、「ボストンホープ医療センター」という1,000床の臨時病院を開設した。これはホームレスの患者も受け入れる急性期治療施設で、年間19,000人の新型コロナ陽性患者治療と500を超える研究の支援などを行なった。1,000病床を有する設立母体のマサチューセッツ総合病院はICU病床を150から300へ増やした。この財源は、当初は病院が負担したが、最終的には寄付によって穴埋めされている。

 この例のような新型コロナ対応は全米至る所で行われた。ニューヨークでは教会を臨時病院に転用するといったプロジェクトも実現した。注目すべきは、これらの新型コロナ対応のすべてが、政府の要請ではなく、感染症の克服は病院の責務であるという当然の使命感に駆られた病院主導で実施されていることである。

 政府からの要請があってもなかなか動かず、補助金だけ受け取って何もしない「幽霊病床」問題まで起こしている日本との極端な違いに驚かざるを得ない。問題の根源は、建前だけが「非営利」の病院制度にある。



日本の病院も「非営利」「営利」を明確にし、株式会社病院を活用すべし

 実質営利目的で運営されている中小病院は医療法人から株式会社に転換するだけではなく、大病院であっても株式会社病院の優れたガバナンスを活用して経営効率を上げることが可能である。

 米国のジョージ・ワシントン大学病院は 100 年以上の歴史を誇る老舗病院であるが、1990年代以降、大学側が資金の大半を大学本体に投入し、病院に資金が回らなくなった。その結果、病院施設の老朽化により機器更新が困難となり、閉鎖の危機に追い込まれた。

 そこで、大学は営利企業と合弁を組む再建策を選択、いくつかの企業と交渉して、1997 年に全米で24の病院を経営する上場企業 Universal Health Services Inc. (UHS)とUHS側80%出資の合弁株式会社を設立、経営はUHSに一任した。この結果、転換前には毎年800 万ドル程度出していた赤字が、2004 年には 1,800 万ドルの黒字を計上するまでに回復した。

 営利転換後も医師の勤務形態は変わっていない。また,医学教育の大半は大学が担当しており,インターンやレジデントの給与のみ UHS が大学に支払っている。

 大学への財政支援が年々減少している日本の大学病院も、独立採算で収支均衡させる要がある。その第一歩として、附属病院をまず独立行政法人として切り離し、さらには病院経営専門の営利企業に経営を委託する選択肢を考えるべきである。

 株式会社病院を排除している国は世界でも日本と韓国だけであるが、その弊害は大きい。三井物産は、シンガポール、マレーシア、トルコ、インドなど20カ国で50病院を経営するアジア最大の上場民間病院グループIHH Healthcare Berhad社の株式16%を取得し最大株主となっている。ところが、日本では株式会社病院の保険医指定を厚労省が拒んでいるため、三井物産は日本の病院には投資できない。IHHで培ったノウハウは日本では生かされず、宝の持ち腐れとなっている。また、優れた病院経営ノウハウを有する外国の病院を日本に誘致することもできない。



病床規制は即時全廃を

 病院の集約化を阻んでいる要因には、株式会社病院の参入が事実上不可能な現状に加えて、「病床規制」がある。

 これは、全国を348に分けた地域ごとに必要病床数の総量を定め、地域内の病院に割り振る制度で、当初は増嵩する医療費の抑制を目的として導入されたものであるが、現実には現存する病院の既得権益を保護し、新規参入を排除する競争制限政策と化している。

 このような競争制約的な規制は公取委からは、独占禁止法に抵触すると指摘されているが、厚労省は耳を貸さない。

 日本の病床規制が当初意図された医療費抑制とは逆に、病床数・医療費ともに高止まりの要因として働いているメカニズムを解明した研究は見当たらない。しかしながら、医療同様に規制業種であった銀行の例が参考となる。

 日本では「銀行行政の歴史は店舗行政の歴史である」とも言われたほど、1980年代までの銀行は店舗数、設置場所、職員数や営業時間に至るまで厳しく規制されてきた。この間、全国銀行の店舗数は増え続けたが、90年代に入って自由化されるや一転して減少し、ピークであった95年の16,954店から2011年の13,487店まで20.4%も減少した。店舗数を厳しく規制した護送船団行政が非効率を助長した典型例である。

 病院経営の効率化と医療サービスの質を同時に実現するには、病院同士に工夫を凝らして競争させるしかない。そのためには、自由に活動できる領域が競争可能な程度に大きくなければならないが、現状では地域ごとに病床数が固定されているので、許可病床数が既得権益となっており、競争回避の蔓延は不可避である。競争のないところに、進歩がないのは自明の理である。

 さらに、人口減少が加速し、都市部への集中が続く中で、大都市以外では病床過剰となっているが、病院閉鎖には住民の抵抗が強く、政治家も行政も削減に動けない。その結果、病床規制は非効率の温存と病院の既得権保護のためにしか機能しなくなっており、即時全廃すべきである。

 地域で必要とされる病床数は、医療サービスのニーズの変化や人口動態といった需要側の要因、さらには技術進歩によるIT化といった供給側の要因が絡み合って、市場の需給関係から決まるのが筋である。流行っているレストランは増床し、お客が来なくなれば閉店せざるを得ないのと同様である。

 地域住民にも、病院が近くにないと困るという意識は捨てさせるべきである。身近に必要なのは、いつでも相談できる「かかりつけ医」のいるクリニック(診療所)であって、病院は救急以外の外来は廃止して入院治療に専念させるのが筋である。高度な先端医療を提供できる病院は、全国に少数存在すれば、足りる。

 現に、米国の有名大病院はかなり交通の不便なところに立地している。全米病院ランキング1位のメイヨ・クリニックはシカゴから空路1時間のロチェスターという小さい町にあり、がん治療で最高とされるMDアンダーソン医療センターもヒューストン空港から車で1時間以上掛かる草原に建っている。こういった病院へ全米はもとより、世界中から患者が訪れて来るのである。

 日本の病院も再生医療など先端医療を提供できる能力を有しているものの、世界中から患者を集めるにはほど遠い。

 要するに、規制ではなく、自由な医療サービス競争を促進する市場機能こそが、医療サービス産業の活性化に繋がり、新型コロナにも迅速に対応できることは間違いない。

(日本個人投資家協会 監事 岡部陽二)

(2022年8月1日発行、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」2022年9月号「投資の羅針盤」所収)















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